>  >  > 「右の頬を殴られたら左の頬を…」の真意

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マタイ「Wikipedia」より

「右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ」――これは新約聖書内『マタイによる福音書』第5章に登場する、有名なイエスの言葉である。同じく新約聖書内『ルカによる福音書』に登場する「汝の敵を愛せ」という言葉同様、敵を許し仕返しをするな、という教えに相違ない。

 全人類の罪を背負い、その身代わりとして人々の救いのため自ら十字架にかけられたというイエスが説くキリスト教が、「慈悲と許しの宗教」であるということを象徴する言葉でもある。

 しかし、である。「右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ」という言葉について、もしも自分が殴る側だったらと想定して、今一度よく考えてみていただきたい。筆者の知人で米・ハーバード大学への留学経験があるAさんは、在学中に講義の場で、この言葉について驚くべき解釈を教えられたと語る。


■手のひらで左頬を殴ることの意味

Aさん 「憎い相手を想像してみてくださいよ。利き手の右手で普通に相手を殴ったら、右でなく左の頬に当たりませんか?」

 確かに! 聖書を読むだけでは、なかなか気づかない人が多いだろう。実際によく考えてみれば分かることだが、右手でとっさに誰かを殴るとなると、相手の右頬に当てることは難しい。

Aさん 「そうなんです。無理でしょ? 相手の右頬を殴りたければ、やりやすいのは手の甲、つまり裏拳です。昔は、卑しい身分の奴隷を殴る時、手のひらで殴ると『手が汚れる』と考えられていたため、裏拳で殴っていたんです」

 なるほど! それなら確かにつじつまが合う。

Aさん 「でも、ここからが本題ですよ。右頬を裏拳で殴られた相手が、イエスの教え通りに左頬を差し出したとします。でも、裏拳では無理ですよね? 今度はキレイな手のひらで殴らざるを得ない。そこで主人が、右の手のひらで奴隷を殴ったとしましょう。するとそれは、今までの関係が変わった、ということを意味するのです。『主人と奴隷』の関係から、『対等』になってしまうのです。この事実は、殴る主人の側にとって大変屈辱的なことなのです。実は、ここに真意があるんです」

 なんと!! 暴力を用いることなく、主人にここまで巧妙に屈辱を与えるとともに、自らの立場を変える方法がほかにあるだろうか! ガンジーの「非暴力不服従運動」にもつながる精神を感じる。そう、イエスは何も「奴隷のままでいて、全てを受け入れ、現世では我慢するように」などと言っていたわけではなく、“平和的な闘い方”を教えていたのだ。

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コメント

9:ナナ9992017年12月15日 22:24 | 返信

こじつけ的な解釈ではないのか。
いとも簡単に目からウロコが落ちる人が多すぎる様に思う。

8:匿名2017年8月23日 09:29 | 返信

右の頬を殴られる前の状況に目を向けろとの意なら理解できる

「目には目を」を否定しているのでしょう
何も無いのに人が人を殴るだろうか
よほど腹に据えかねた状況が殴った側は感じていたのでしょう
殴られた側が意識するしないに関わらず相手を傷つけていたのなら

さらに言えば、殴られる前に事態を改善することの有益を述べている
つまり、
右の頬を殴られたら左の頬も差し出すことになっているなら、
そうなる前に、事態を改善しなさい
あるいは、
私はあなた方に命令する
右の頬を殴られたら左の頬を差し出しなさい
あなた方はどのように行動しますか?
1、命令に背く
2、目には目を
3、敵を愛する

7:匿名2017年8月23日 09:25 | 返信

右の頬を殴られる前の状況に目を向けろとの意なら理解できる

「目には目を」を否定しているのでしょう
何も無いのに人が人を殴るだろうか
よほど腹に据えかねた状況が殴った側は感じていたのでしょう
殴られた側が意識するしないに関わらず相手を傷つけていたのなら

さらに言えば、殴られる前に事態を改善することの有益を述べている
つまり、
右の頬を殴られたら左の頬も差し出すことになっているなら、
そうなる前に、事態を改善しなさい
あるいは、
私はあなた方に命令する
右の頬を殴られたら左の頬を差し出しなさい
あなた方はどのように行動しますか?
1、命令に背く
2、目には目を
3、敵を愛する

6:匿名2016年11月18日 16:00 | 返信

意味が分からない記事

もともと殴られても反撃はしないが屈服もしないという意味であるし
どこの国でもそう解釈しているはず
ガンジーの非暴力を掲げた戦いもキリスト教徒である英国人への反抗に関し
ガンジーがそれが効果的と判断して行われた
日本人のキリスト教への無理解は仕方のないことだが
聖書からイエスの生涯をなぞるだけでも記事にあるような解釈には
結びつかないとわかるはず
”捻じ曲げられた”というのであれば、まだまだ根源的に意図された曲解・歪曲が
キリスト教とヨーロッパの権力構造と共に多々あるわけであるし
記者がそのような新たな曲解を担う事のないように
取材にあたっては必要な勉強をしてもらいたい

5:匿名2015年8月22日 05:55 | 返信

相手を侮辱する行為のどこが平和的な闘い方なの?かえって野蛮。

4:匿名2015年4月28日 10:30 | 返信

左手は不潔の手と言われているから左手はつかわないということなのでしょうか。

3:私は右利き2015年3月 5日 09:46 | 返信

利き手が右手が前提になっている点がまず疑問。仮に一度目に右手の裏拳で殴ったとしても二発目は平手で殴るとは限らない。左手を使えば裏拳で殴ることは可能。宗教的な理由で都合よく説明出来てしまうのかもしれませんが・・・(-_-)(*_*)(>_<)

2:匿名2015年1月24日 02:42 | 返信

2006年のTech総研ブログ平林 純@「hirax.net」の科学と技術と男と女「右の頬を打たれたら…」の謎〜利き手の不思議から解き明かされる、「言葉の真意」〜にヤバいくらい内容が似てる。

1:匿名2015年1月21日 13:36 | 返信

んー。日本人は右利きが多いから右手叩く。って思考なのかな?
聖書には右、左と出てくる箇所が多々あるので、そこから紐解くとまた違った意味になると思います。

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