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じゃぽにか

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友達アート

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本記事に登場するじゃぽにかも執筆に参加している2月29日発売の書籍『地域アート――美学/制度/日本』(堀之内出版)

 2016年1月末、東京のオルタナティブなアートシーンは1つの奇怪な動向を抱えていた。友達展である。馬喰町のDESK_Okumuraでひらかれた「奥村直樹ノ友達展」がそれだ。美術で友達展?と苦言を呈する生真面目なモダニストが多数でる一方、どういうわけか100名以上の若者がこれに出展することになり、大いに盛り上がっていた。一体なぜ彼らはこの祭りに乗ったのだろうか?アートの地殻変動というか、もうグニャグニャで足下の悪い場所で、10年代後半のアートは人々にどんな風景を見せるのだろうか。ただ、この煩雑な展覧会現象についての言及は、友達展のなかで参与観察を十分に行った花房太一のエッセイに委ねることにする。私は少し観点を変えて、じゃぽにかをつうじて「友達アート」の可能性について述べておきたいと思う。


■【じゃぽにか論考 I.2 ― 友達アートの存在領域】友達アートとは何か

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じゃぽにか個展「普通のトモダチに戻りたい」 2015年 Art Center Ongoing  撮影:ケロッピー前田

「友達アート」とは、ひらたく言えば、友達とつくるアートのことである。近年、次々と誕生しているアーティストグループのなかにも、友達アートは潜在している。もう少し厳密に言えば、共同制作の際に友達の関係性が芸術の技術に先立って存在し、その友達性が作品に濃密に反映されるようなアートである。

 それは閉鎖的な「友達の、友達による、友達ためのアート」ではなく、人々にたいして友達のモデルを提示するものである。もちろん近代の美術においては、そんな恥ずかしい「友達」を冠する表現などは論外であった。あるいは昨今のリレーショナルアートの動向を眺めてみると、ニコラ・ブリオーの提起した「関係性の美学」が閉じた社交性に堕ち、あるいはそれを批判的に更新しようとしたクレア・ビショップの「敵対」という概念が露悪性を晒すにとどまっている(丹羽良徳の@KCUAの一件もそうである)。この流れで、アートにおいて「友達」の概念は、かなり危険な香りがする。

 しかしながら、近代社会の縦割り構造(正統)を水平方向に結びつけてきたのは常に友達という関係性であっただろうし、それは創造活動においても潜在的に同様ではないだろうか。そしてネット社会を経て、友達という関係性が変化を遂げた現在、そこに注目しているのが 「じゃぽにか」なのだ。時代は移り、Facebookの友達申請よろしく、友達のネットが星を被い、コミュニケーションが駆け巡っても、国家や民族が消えてなくなるほど、情報化されてない現在において、私たちは自分自身の友達の生き方を批評しなければならないのである。同時に、表現者もまた集団化する傾向が出てきたのは言うまでもない。その集団の表現において、単なる馴れ合いや閉鎖的な雰囲気を超えて友達特異性(フレンド・スペシフィシティ)を発揮し、人々のモデルとなるような特殊なケースであるとき、それを友達アートと呼びうるのだ。


■イントロ:友達アートを育む場「美術予備校」

 本論では、友達アートの表現の詳細̶おそらくその対象にはChim↑pomのような近年のアート集団や、昭和40年会、そしてハイレッドセンターまでも俎上について分析行わない。まずは友達アートの存在領域を指差し、それが育まれる場について「じゃぽにか」をモデルに考えるつもりである。それによって、読者に友達アートの展開可能性を喚起することを目的とする。

 2013年3月、「じゃぽにか」というアート集団がArt Center Ongoing(吉祥寺)で初の個展を開催した。2014年にはTARO賞で特別賞を授賞し、炎上アート集団として注目を浴びた。(詳しくはじゃぽにか論考IIを参照)このグループは、2002年に美術予備校「新宿美術学院」で知り合ったメンバー(有賀慎吾、川田淳、坂上卓男、杉田陽平、永畑智大、村山悟郎、鈴木大輔ら)によって結成されている。この論では、「じゃぽにか」の活動とメンバー構成を記述し、また、美術予備校にたいする2つの言説にふれつつ、それらから導き出せる美術予備校のオルタナティブな側面<友達アートの育まれる場>について説明したい。

 予備校発のアート集団「じゃぽにか」の活動や多様なメンバー構成をみてゆくと、日本における美術予備校の捉え方に新しくオルタナティブな側面を加えようと試みたくなる。それによって、これまで美術関係者のなかでくり返し批判されてきた美術予備校の価値付けを少しでも相対化することを期待している。その側面とは、美術教育における美大入試への付属的機能としてではない。また、村上隆が指摘するような西洋志向アートへのトレーニング&コーチングの雛形としてでもない。私が主張したいのは、素人からともに学習し、アートとの出会いと別れの両局をもった場としての美術予備校、という側面である。この特性は、日本アート界を横つなぎにする友達ネットワークの潜在した基礎であり(通常、美術のキャリアに出身予備校は書かない。)、「君は◯◯美出身?」と問いかけ合うアーティスト同士の慣習によって例証されるものである。

 美術予備校は、試験のある大学とちがって、その意思と金さえあれば誰でも入学することができる。ずぶの素人である若者たちが集まり、最初に美術と出会い、共に訓練する。そして、ある者はそのまま美大に進学し、またある者は別の道へと歩みを変えてゆく、集合と離散の場面をふくんでいるのである。そうした場としてみたとき、アートにとって「美術予備校」には重要な意味が出現してくる。それは、モダニズム美術が自己言及的に閉じた領域を形成していった歴史に対する反省的な問いかけ「アートとその他者はどのように関わることができるか?」に、一つの回答をあたえるかもしれないものだ。なぜなら、「美術予備校」はアートとの出会いと別れの特殊な界面としてその位置をあたえられるからである。美術予備校で出会う仲間は、アートの最初の友達であり、またアートの最初の離別者でもある。アートの住人は、この元住人といかに向き合うか常に試されている。

「じゃぽにか」は、こうした場で自ずと形成された集団であり、内部にアートの友達と離別者が混在した多様体として実現している。アートとその他者がどのように関わるか、その課題を体現するグループなのである。


■モデル:じゃぽにか ― メンバーと個々の活動

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 じゃぽにかは、2002年に東京で誕生した。当時、美術予備校である新宿美術学院油絵科で知り合った有賀慎吾、川田淳、坂上卓男、杉田陽平、永畑智大、村山悟郎、鈴木大輔らによって結成されている。そのメンバーと活動を概観してみよう。

 メンバーは全て1983年生まれである。予備校時代の活動は、喫煙所にたむろする、「ケチョンケチョン会」と呼ぶ独自の相互批評会をファーストフード店でひらく、新宿の街を舞台に様々なパフォーマンスやいたずらを繰り広げたりする等であった。(「新宿駅東南口広場の木に登って、叫ぶ」や、「道ばたで上手に転ぶ選手権」など。)

 当時の新美油絵科は、クラスが6~8つあり総勢300人ほどの生徒がいて、基本的に他のクラスの人に自分の絵を見せてはいけない規則になっていた。なぜか。それは「画風の伝染防止」であり、予備校全体で画風が似ないようにするためである。そろって芸大入試に全滅するリスクを回避する効果がある。(絵は、常に真似し真似される群生体であるが、近代的装置である入試は、それらを分断し個人をつくりだす。)

 そんな予備校で、彼らがなぜ友達になったかというと、予備校の喫煙所にたまってプハーっとやって、サボってる連中だったからである(その中には先輩の松田修もいた)。それぞれいくつかのクラスに分かれていたが、階段の踊り場でウダウダして、それでも描く気がしないので、ベローチェでコーヒー飲んで、散歩をして、無駄に画材屋の世界堂に行ったりして、それで友達になったのである。クラスを超えて、友達になる場所は絵をサボるための喫煙所だった。そうやって集まった友達集団に、無目的に名前をつけたのだった。それが「じゃぽにか」の始まりである。この名付けの効果は思いのほか大きく、今の今まで離散することなく友達の輪郭を留める働きを帯びているようだ。そうして互いに友達関係を自認しあって、みんなで帰宅のタイミングも合わせるようになる。通常時の昼間部は朝の9時から始まって、17時には終わるので、あとは新宿でだらだらと遊ぶだけだ。冗長で無意味な時間を、イタズラや、追いかけっこで過ごす。だいたい学期末には「メトロン」(今は無き歌舞伎町にあったカラオケ屋)に行ったものだ。

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 とはいいながら、皆それなりに真面目でもあったから、絵は頑張っていた。ところが、他のクラスの生徒に絵を見せていけない新美ルールがあったため、彼らもそれぞれのメンバーがどんな絵を描いているかよくは知らなかったのである。そこで「ケチョンケチョン会」というじゃぽにか独自の相互批評会が始まったのだった。「ケチョン会」は、たいてい学期末などの節目に開かれる。美術予備校では、学期末に生徒に荷物を全て持って帰らせ、絵と画材とゴミで溢れたアトリエをクリーンアップする。それでみんな溜め込んでいた絵をガラガラとカートで引いて持って帰るのだ。じゃぽにかは、帰り道のファストフード店「ファッキン(First Kitchen)」に集まるように示し合わせており、安いホッドドックなど買って、二階の飲食スペースを大幅に占有して、ケチョン会を始めるのだ。1人づつ順番に、絵をすべて時系列順に見せていく(失敗作も含む)。タームごとに開かれる校内コンクールで、メンバーの作品の一部は目にしているものの、日々の制作は知らないので、しげしげと友達の絵を眺め普段の努力を垣間見るわけである。そして、いつも講師がやっている講評会のように、絵の感想やツッコミを得意げに次々と入れてゆく。「ここの形が狂ってる」「トーンが汚い」「コンクールの作品はいいけど、こっちはダメ」などと、好き勝手に友達どおしでケチョンケチョンにしてゆく。下手な者はボロクソに言われるし、認めざるを得ない絵には「いいじゃんw」と褒め合うこともある。こうしてクラスを超えて友達で価値観を共有するのである。

 美術予備校のなかには大学入試対策(近代的個人の能力査定)として画風伝染防止のために保全されている絵のクラス(系統)があり、その系統どおしを結びつけるのが(友達_喫煙所)だったのである。監獄のなかで秘密裏に交遊関係を築くように、ケチョンケチョン会は伝染の場であった。生態系のリゾーム(遺伝的系統とウィルス的感染、詳しくはドゥルーズ「千のプラトー」を参照)と同じで、美大受験に勝つという強化子に合理化しない社会的多様体を形成することが「じゃぽにか」の内的働きだったのである。

 そして、ʼ03年には一浪目で川田と村山、ʼ04年に杉田、ʼ05年に有賀(同年に、村山は東京芸術大学へ再入学。)、ʼ06年に永畑が、それぞれ武蔵野美術大学へ入学した。鈴木は芸大受験を離れて渡英、後に英語の試験に苦闘しつつチェルシーカレッジに入学した。坂上は美大には進学しなかった。

 そうして大学入学後の「じゃぽにか」は、定期的に「じゃぽ会」(新宿三丁目の沖縄料理屋「かりゆし」で飲む)をひらく程度で、組織的に散開し弛緩してゆく。2007年、「国立国2007」(くにたち市民芸術小ホール、東京)や「渡良瀬アートプロジェクト2007」(渡良瀬渓谷鉄道、群馬)に参加するが、活動は散発的なものであった。以降、メンバーはそれぞれにソロで活動し、着実に実力と評価を高めてゆく。そして2013年、長い沈黙を破って個展「じゃぽにかぱみゅぱみゅのじゃぽにかぱみゅぱみゅーじあむ」(Art Center Ongoing)を開催したのである。

 ここでメンバー7名の略歴とじゃぽにかが本格的に始動するまでの個別の活動を簡単に紹介しておきたい。

・川田淳

 川田淳は、2007年武蔵野美術大学油絵学科を卒業。主な展覧会に、個展「まなざしの忘却」(22:00画廊、2012)、「中之条ビエンナーレ 2011」(旧五反田学校、2011)などがある。川田は、学部時代からフッサールやレヴィナス、あるいは李禹煥などの「もの派」、また茶の湯などの思想に傾倒して、主に絵画を制作していた。近年は変転し、広島や沖縄といった日本の地域的問題に強い関心を示す、社会にひらかれたアーティストとなった。(ちなみに、2014年のTARO賞直前に脱退を宣言して、それ以降は活動に参加していない。)

・村山悟郎

 村山悟郎は、2015年東京芸術大学美術研究科博士課程美術専攻油画研究領域(壁画)を修了。主な展覧会に「MOTコレクション・MOTで見る夢」(東京都現代美術館、2009)、個展「成層圏vol.6 私のゆくえ」(ギャラリーαM、2012)など。村山は、自己組織的に生成するプロセスやパターンを、絵画やドローイングをとおして表現している。河本英夫と池上高志に師事し、オートポイエーシスと複雑系を活用して生成を絵画として捉えようと目論む。

・杉田陽平

 杉田陽平は、2008年武蔵野美術大学造形学部油絵科を卒業。主な展覧会に、個展「BLACK SWAN」 (MEGUMI OGITA Gallery、2013)など多数。また受賞も「シェル美術賞2007」(中井康之審査員賞)など多数ある。杉田は、じゃぽにかの中で最も早く大学在学中から出世し、いまや個展を開けば必ず完売御礼という、プロフェッショナルなアーティストだ。多くのアートコレクターに支持されて、マーケットでの浸透力は絶大である。

・永畑智大

 永畑智大は、2009年武蔵野美術大学彫刻学科卒業。主な展覧会に、個展「Bの巨人たち」 (Art Center Ongoing、2012)、「art award tokyo marunouchi 2010」(行幸地下ギャラリー、2010)などがある。武蔵野美大の卒業作品展(2009)では、優秀作品に選出された。あるゆるコンテクストを排した無差別引用の脱力した造形で独自の作風を確立している。青梅にスタジオをかまえ、ライフワークとしてのアートに生きる。

・有賀慎吾

 有賀慎吾は、2015年東京芸術大学美術研究科博士課程美術専攻油画研究領域を修了。主な展覧会に、「POST(TERATOTERA祭り)」(東京文化発信プロジェクト、2011)、個展「Slime mold Process」(island MEDIUM, 2012)などがある。黄と黒で構成する混沌とした世界観のインスタレーションでデビューし、会田誠にその才能を高く評価された。知覚・言語・現実などの代替をテーマに表現を模索する。

・鈴木大輔

 鈴木大輔(ダイスケ)は、2011年ロンドン芸術大学Chelsea College of Art and Design、BA Fine Artを卒業。およそ8年ぶりにイギリスより帰国した後は、東京の豊島園にてアーティスト・ランスペース『Space Wunderkammer』 を運営している。

・坂上卓男

 坂上卓男は、このメンバーのなかでは唯一美大に進学しなかった。ʼ05年頃から飲食業で職場を転々としながら生計をたてる傍ら、小説「アーポンの夜」を執筆してブログ「現代美術最終兵器研究所」に発表した。坂上はアート・ルサンチマンを持つ生活者であり、しばしばメンバーが自己充足的に自らのアート領域に安住しようする心性に警鐘を鳴らす存在だ。じゃぽにかに内在するアートの離別者が、坂上なのである。彼はユーモアにも定評があり、じゃぽにかの個展デビューが決まったのも、Art Center Ongoing ディレクターの小川希が、坂上を交えたじゃぽにかのトークを気に入ったからであった。(参考動画:「さーくんの面白い話」https://youtu.be/NVPVy_4oseQ)

 こうしてメンバーを見渡してみると、アートについてフォローしている領域や立場が見事にバラバラであることにお気づき頂けると思う。広島や沖縄といった政治的地域を見据える社会派の川田、科学哲学に影響をうけた理論型の村山、マーケットに深々と根を張るプロ志向の杉田、ハイアートを異化するアウトローの永畑、また有賀はあらゆる事物のオルタナティブを、イギリス仕込みの関西人ダイスケ、そして坂上はアート・ルサンチマンを抱える生活者である。なぜこれだけ多様なメンバーが、相互に関わり、グループとして創作活動を行なえるのだろうか?試しに、既に作風が固まったアーティスト同士で共同制作を行ってみるといい。あっという間に喧嘩がはじまって、離散してしまうだろう。もし仮に、彼らが美術大学で出会った同級生であったらどうだっただろうか。おそらく全く違う関係性になっていたに違いない、と私は考えている。個別の訓練を経て自分なりの作風を身につけ、それぞれの志向や立場や専門性が明確になってからでは、深めることのできない関係性の強度があるはずだからである。美術予備校では、美術の0地点を誰でも共有することができる。そこで醸成される関係性は、互いの学習プロセスを横目で見つつ、深化してゆくものだ。そうした人対人の信頼関係のレイヤーが、アート対アートの関係に先立って、結びつきを強めてゆくのである。だから、アートの離別者も内包したまま、むしろそれをグループの豊かさにとして活動することができるのではないだろうか。


■背景:日本の美術予備校 ― 受験産業、流派、コミュニティ

「じゃぽにか」の原点は美術予備校にある。よって、美術予備校についての言説にもふれておく必要があるだろう。グループの存在意義を、美術史的なパースペクティブに置いて素描してみたいと思う。

 近年の日本の美術予備校は、美術教育という観点から批判の的となってきた。この批判のなかに、いくぶんか西洋に対するスノビズムが見え隠れする場合も少なくないので、問題は単純ではない。ここでは、荒木慎也「つくられる個性:東京芸術大学と受験産業の美術教育」(東大、2005)と、鼎談・海老澤功×保科豊巳×村上隆「日本の美術教育 徹底討論」(美術手帖、2009.10)での議論を参照しつつ、それらとは異なる観点を「じゃぽにか」をとおして提起する。

 東京芸大の教官は、よく予備校にたいする嫌悪感や疑問を口にする。例えば、中村政人は美術手帖や自身の著書のなかで美術予備校についてしばしば言及している。著書「美術と教育」(1997)のあとがきでは、韓国の美術教育が制度的に日本の方式に近似していった歴史を指摘し、美術予備校や石膏デッサンの意義について疑問を呈している。

 芸大・美大は高い受験倍率(2003年の東京芸大油画科(定員55)の合格倍率は38倍くらいだったから、受験生は2000人弱)を背景に、美術予備校が一大産業となっていたため、より効率よく合格率を上昇させるためのメソッドや、教育のマニュアル化が問題として取沙汰され、批判の的となっていたのである。

 荒木慎也は、こうした美術教育制度の観点から、芸大と受験産業の関係について歴史的に分析し、既存の予備校にたいする批判的な見解とは逆転した議論を展開している。荒木は、美術予備校が美大受験産業に張りついているのではなく、むしろ、芸大がデッサン教育などの模倣訓練を予備校に肩代わりさせ、それによって自らを「創造的な教育機関」として演出・立脚しようとした、と述べる。そして「東京芸大と美術予備校との間に縦の序列が生まれ、芸大受験産業の体制が維持されてきたのではないか」と結論をしめくくっている。従来の対西洋スノビズムを纏った予備校批判をしっかりと捉えなおす、実際的な洞察である。

 しかし、ここには予備校仲間というコミュニティのレイヤーが、美大の近代美術教育的制度の枠組みを超えて広く根を張っている実態や、一部の優れた美術予備校講師(たとえば登山博文(名古屋河合塾)や、後述の海老澤功(新宿美術学院)など)が一種の流派ともいえる指導実績をあげていることは触れられていない。基本的には制度論なのである。

 いっぽう村上隆は、美術予備校の指導法自体の優れた点に着目し、西洋志向アートへのトレーニング&コーチングの雛形として活用するという提案をしていた。美術手帖での鼎談では、海老澤功(新宿美術学院油絵科主任)にその指導法について詳しく紹介するよう促している。(ちなみにメンバーの村山、杉田、鈴木、永畑は彼のクラス出身である。「新宿美術学院が移転するので取材に行ってみた。by JAPONICA」@ニコニコ動画http://www.nicovideo.jp/watch/sm20463579)ここでその指導法について詳述はしないが、海老澤は自身の指導方針について、美大への合格率を重視するいっぽうで「テクニックだけではないもっと絵画的な思考力を培う教育をやろうとしている」と述べている。村上は、予備校の密度の高い技術指導に強い関心を示して、自社のスタッフに海老澤のデッサン教室を受講させたほどである。全国にある美術予備校には、こうした影の指導者がおり、一種の流派を生み出していると言えるだろう。村上のこうした提案は、美術予備校の指導法の有効性に、改めて光をあたえたと言っても良いかもしれない。

 しかし、これはあくまで美術予備校が個人にむけて提供する受験指導の捉え直しでしかない。実際には、予備校ならではのコミュニティが潜在的に形成されており、そこにアートシーンにおけるオルタナティブな潜勢があるのではないだろうか。個人を縦に割る近代社会システムと、それを水平につなぐ友達のネットワーク。そしてそのネットワークを醸成する場としての美術予備校である。


■まとめ:友達アートの存在領域

 冒頭から説明したとおり美術予備校は、日本の美術領域の界面(インターフェイス)の一つであり、外にも内にも開かれた膜のような器官に比されうる働きを持っている。そして、そこから発生するコミュニティネットワークには、アートに大きな潜勢力をもたらしているはずだ。「じゃぽにか」というグループを、そうした潜勢の現われとして捉えることができるのではないか、と私は考えている。

 まとめとして、美術予備校が形成するコミュニティの2つの特徴をあげておこう。

1: 誰でも志願すれば入学することができ、素人から共に美術を学ぶ環境であること。この環境によって、たとえ後に作風や志向が異なることになっても、立場を括弧入れしながら互いを受任して、対話を開く濃密な関係性すなわちアートの友達を生みだすことができる。

2: 美術からの離別者と初めて出会う場であること。共に美術を学んだ仲間が、何らかの理由で美術から離れてゆく。そうした仲間が、アートの元住人という中間的他者として存立し、かつ友達であるという関係性に、アートの存在領域を拡張する可能性がある。

 これから予備校仲間がグループで作品を発表しはじめる、ということが増えるだろうか。だとしたら、「じゃぽにか」というグループは、その良き/悪しきモデルになるかもしれない。美術予備校は、美大受験という機能的な枠組みを持ったシステムであり、通常ならば、個々のアクティビティはシステムに依存的にはめ込まれる。しかし、じゃぽにかはその枠組みを、オルタナティブな関係性(友達)を形成することによって解錠したのである。だからこそ母体となる枠組みを失っても、関係性自体は無効化しなかったのではないか。じゃぽにかは、じゃぽにか自身をオリジナルの枠組みから剽窃(コピペ)し続けた結果、現在もこうして生きていられるわけだ。

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じゃぽにか個展「普通のトモダチに戻りたい」 2015年 Art Center Ongoing  撮影:ケロッピー前田

 ところでお気づきかと思うが、上記の2つの条件を満たす教育機関とは、何も美術予備校に限ったことではない(場合によっては大学内においてもこの現象はおきうるかもしれない)。日本でこれまで体勢を占めて来たのが、予備校であっただけである。今後、少子化からくる美術予備校の小規模化とそれらが群島を形成すると仮定したら、それぞれの予備校は島宇宙化を避けられないことになるだろう。また予備校以外のオルナタティブも目立って来ており、アートの学び方は多様さを増している。美学校で営まれた「天才ハイスクール」や、「パープルーム」のようなポスト予備校を主張する私塾、あるいはゲンロンカフェを母体とする「新芸術校」など、これらが素人を育む場として機能するのであれば、それぞれが友達アートのマトリックスを形成するのではないだろうか。そして、それら閉じた島々を超えて媒介する場(喫煙所)と友達(煙り)が必要になるだろう。翻って、「友達展」にはそういうポテンシャルがあったはずだ。

 最後に、友達アートの先行例を指摘して論を締めくくろう。友情には美があり、おしどり夫婦や仲良しコンビといった関係性の濃密さは、人々のモデルとなり、それ自身が表現にも展開しうる。とくに複数のメンバーで構成される技芸には、雰囲気や間(グルーヴといっても良い)、そして組織の持続性などに直に反映すると思われる。なぜ第三世代の人気芸人達(ダウンタウン、とんねるず、ウッチャンナンチャン、爆笑問題など)が、ことごとく同級生コンビだったのか、その意味を考えてみよ。彼らが表現する遊び方(芸)を、みんな友達同士で模倣し参照したであろう。鑑賞者にとって、自分たちが生きる友達世界に、類推的に働く関係性の鋳型を提供したのである。その筆頭に数えられるダウンダウンが、NSC(吉本総合芸能学院)の一期生(1982年)であったことも、本論と符合するようである。それまでのお笑い芸人の育成は、師匠と弟子という徒弟制によって担われてきたが、吉本の新人養成所の誕生によって、お笑いへの間口が広がると共に、友達アートが育まれる場所が用意されたのである。友達アートは、近代社会の構造を感染させ、友達の生きたモデルを体現するのだ。それが芸術でないと、誰が言えよう。(足立区立第三中学校2年 武内華紫翠(たけうち・かしす))

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 かしすの部屋の時間もそろそろ終わりでっす☆ミ 今週のゲストは~、昭和(旧石器時代より前)の香りを色濃く残すおっさん集団「じゃぽにか」の皆さんでした 笑

 つーか、え?じゃぽにかって、じつゎお笑い芸人になりたかったのぉ~??? それに例にあげてるのやっぱりおっさん芸人ばっかりじゃん 笑 もぉ~~ォ!!!ながぃ!ながぃ!ながぁ~ぃい!!!プンスカ ٩(๑`н́๑)۶ プンスカ! 産業でまとめろや!!!( つ•`ώ•)つ・・*:・:・ ゚:==≡≡Σ=͟(͟͞͞✡)`Д́)グヘッ!

 ホントだったらウチはいま部活のLINEグルで忙しくて、こんななが~いテキスト読む ヒマないんだぞっ ウチってカンヨウ?過ぎ 笑まぁウチにもズッ友((っ́ω`)♥(́ω`⊂ ))イチャイチャ的な存在いるから気持ちわからなぃでもなぃんだょ~☆(๑ˇεˇ๑)•*̈*•. ̧ ̧♪ おっさんの友情はキモ(*́『`*) じっさい、もしもこの世界にLINEとかなくて学校のシステムだけだったら...って想像 すると、なんだかおっそろしぃ~気持ちになるょねっ ヾ(。>_<。)ノ゙ おっさんのゅってるオルタナティブ?ってなんか大事っぽぃね 笑

それじゃ、これ読んでくれた!!(́▽`) '`,、ウチはそろそろ寝落ちの時間だぜ ぃ
最後におっさんに頼まれてる本の紹介だけしてぁげるね~╰(*́)`*)╯

 とりまそのままコピペ ぇぃ!٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

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本記事に登場するじゃぽにかも執筆に参加している10日発売の書籍『地域アート――美学/制度/日本』(堀之内出版)

【書籍内容】
◆藤田直哉 前衛のゾンビたち――地域アートの諸問題
◆星野太×藤田直哉 まちづくりと「地域アート」――「関係性の美学」の日本的文脈
◆加治屋健司 地域に展開する日本のアートプロジェクト――歴史的背景とグローバルな文脈
◆田中功起×遠藤水城×藤田直哉 「地域アート」のその先の芸術――美術の公共性とは何か
◆清水知子 Shall We “Ghost Dance" ? ―ポスト代表制時代の芸術
◆藤井光×藤田直哉 エステティック・コンディション――美学をかこむ政治や制度
◆北田暁大 「開かれる」のではなく「閉じられているがゆえに開かれている」 ――社会とアート
◆会田誠×藤田直哉 地域アートは現代美術家の〝役得〞――アーティストは欲張りになれ
◆じゃぽにか(有賀慎吾・村山悟郎)×佐塚真啓×藤田直哉 日常化したメタ・コンテクスト闘争――「誰でもデュシャン」の時代にどう芸術を成立させるか?


ってこれ最後の方にじゃぽにかの名前が載ってるやつぅ~~! 笑 てかなんでウチの名前はなぃんだょ!( つ•`ω•́)つ・・*:・:・ッ!

おっさんたちはやっぱミュート推奨っ!!!!

■じゃぽにか開催イベント

「じゃぽにか Ongoing Jack!!」
場所:Art Center Ongoing(吉祥寺)
会期:3月30日(水)~4月3日(日)

詳細→
http://goo.gl/tS6o49
http://www.ongoing.jp/ja/artcenter/gallery/index.php?itemid=459#japonica

■4月30日(土)『オキュパイ・スクール2016春バージョン』のお知らせ!!

Tocanaでも話題のオキュパイ・スクール!! 待望の春開校のお知らせ〜
OCCUPY SCHOOL for DIY ACTIVISTS !!
ブブカpresents
オキュパイ・スクール 2016春バージョン
講師
じゃぽにか・石丸元章・塩入敏治・有賀慎吾・宮川ひかる・花房太一・チアキ・ケロッピー前田

4月30日[土]
OPEN 18:00 START 18:30
入場料(当日のみ)1500円
@白夜BSホール
(豊島区高田3-10-12 白夜書房ビルB1F)

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