夢をコントロールする法 ― 19世紀フランス貴族、エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵の残した奇書!

【拝啓 澁澤先生、あなたが見たのはどんな夢ですか?~シュルレアリスム、その後~】――マルキ・ド・サド、そして数多くの幻想芸術……。フランス文学者澁澤龍彦が残した功績は大きい。没後20年以上たったいま、偉大な先人に敬意を払いつつ、取りこぼした異端について調査を進める――


■フロイト、ブルトン、そして澁澤龍彦も注目した夢研究

 澁澤龍彦『悪魔のいる文学史―神秘家と狂詩人』(中央公論新社)のなかに、こんな一節をもって紹介される人物がいる。

「アンドレ・ブルトンの『通底器』に目を通された方は、この書物の開巻劈頭名前の出てくる、唐代中国の詩の翻訳者であり、かつ『夢および夢を支配する法』という匿名作品の著者であるところの、エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵という人物を思い出されるであろう。ブルトンも書いている通り、このエルヴェ・ド・サン・ドニの著書は、長いこと稀覯本になっていたため、ともに夢の研究家であったフロイトもハヴェロック・エリスも、ついにこれを入手することができなかったといわれているほどであるが、初版刊行の一八六七年からおよそ百年後の一九六四年に、新たに美本が刊行されて、ようやく私たちにも読めるようになった」

 エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵とはいかなる人物だったのか? そして、幻の著書の内容とは? 今回はそんな一人の夢の研究家(と、その成果)にスポットを当ててみたい。


■エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵

夢をコントロールする法 ― 19世紀フランス貴族、エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵の残した奇書!の画像1画像はエルヴェ伯爵 Wikipediaより

 エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵は1822年、パリのシェーズ街五番地に生まれた。代々続く貴族の家柄で何不自由なく育てられたが、幼少の頃は邸宅に1人でひきこもりがちな孤独な少年だったらしい。そして、内向的なエルヴェ少年はしだいに夢に興味を抱き始める。

「ある日、(私は十四歳だったが)、生き生きとした印象の特別な夢を素早く記録したらどうかという考えが浮かんだ。面白そうだったので、すぐに専用のノートをつくり、そこに夢の光景や形象を、それがどんな状況でもたらされたのかという説明と一緒に描いた」
(『夢の操縦法』国書刊行会より引用)


■天下の奇書『夢の操縦法』

 ちなみに原題は”Les rêves et les moyens de les diriger”で、澁澤龍彦『悪魔のいる文学史』のなかでは『夢および夢を支配する法』とのタイトルで紹介されているが、現在日本では『夢の操縦法』(国書刊行会)とのタイトルで翻訳されている。また原書は、Amazon.frでkindle版(http://www.amazon.fr/dp/B00JBNZPKW)も入手することができる。 14歳の頃より、夢の記録を取り、独自の研究をはじめたエルヴェ侯爵。ついに1867年には夢研究の成果を出版することになる。しかし、著者名は「匿名」。当時はまだ社会的認知度の低かった夢研究には、ある種のいかがわしさがつきまとっていたからである。すでに中国学の権威として世間に認知されていたエルヴェ侯爵の匿名での出版は、苦肉の策だったということだ。


■夢をコントロールする方法とは?

 では、実際に夢をコントロールすることは可能なのだろうか? エルヴェ侯爵が行った実験は次の通りだ。

1、嗅覚を利用する方法

「私は田舎で二週間ほど過ごす計画で、友人の家族のいるヴィヴァレに行こうとしていた。出発前に、私は品揃えのよい香水店に行って、最も気に入ったものでないまでも、sui generisという少なくとも最も厳選された香水を一壜買った。数週間を過ごす土地に到着するまでこの壜の封は切らず、滞在している間は、苦情や揶揄を無視して、その香水を染み込ませたハンカチを必ずポケットに入れて歩いた」(『夢の操縦法』)

 滞在が終わり自宅に戻り、エルヴェ侯爵は召使いに命じる。

「部屋係の召使にこれを渡し、私が熟睡しているときに、その数滴を枕に垂らすようにいいつけた」(同書)

 そしてエルヴェ侯爵は見事、休暇中に出かけたヴィヴァレ滞在の夢を見ることに成功する。嗅覚の連鎖を利用したわけだ。


2、聴覚を利用する方法

 舞踏会に出かけたエルヴェ侯爵は、そこで出会った意中の女性と、夢の中で会えるようにある実験を画策する。

「この時期、私は社交界に足しげく通っていた。舞踏の季節で、どこでも舞踏会が開かれていた。私の顔を出していた社交界は同じような人たちの集まりだった。若い女性が数人いて、私は必ず毎晩のように彼女たちと踊った。一方で、私は当時たいそう持てはやされていた楽団の指揮者と懇意にしていたが、どの館の女主人も彼なしでは済まされないようだった。私はこの状況を利用して、新たな実験を計画した。まず、夢に見てみたい二人の女性と、著しく独創的なワルツ二曲をひそかに選び、私が二人の女性のいずれかと踊る度に、それぞれの女性のために決めておいた曲を(全く私の意図を指揮者には気づかせずに)必ず演奏するように楽団の指揮者と示し合わせておいた」(同書)

 それからエルヴェ伯爵は同じ曲が収録されたオルゴールを購入する。

 そして…

「舞踏の季節が終わり、音楽も十分記憶に刷り込まれ、オルゴールも出来上がった。私は、目覚まし時計を買ってきて、セットされた文字盤の時刻を針が指したとき、目覚ましの音は鳴らずにオルゴールが鳴るように改良した」(同書)

 この方法を使って、エルヴェ侯爵は夢のなかで舞踏会で踊った女性と再会することに成功するのである。


■暗い情熱

 現実世界ではなく、夢のなかで意中の人に再会する。エルヴェ侯爵の情熱はどことなく暗く、そして情熱的だ。そして、筆者は暗い情熱というのが大好きだ。この種の思想にはいつでも、どうしようもなく心惹かれてしまう。なぜだろう? 理由はよくわからないが、今度、エルヴェ侯爵の夢見の方法をためしてみようと思う。

夢をコントロールする法 ― 19世紀フランス貴族、エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵の残した奇書!の画像3

■天川智也(あまかわ・ともや)
1980年生まれ。早稲田大学仏文科卒業。古今東西の奇書を求めて日々奔走している。おもな作品にNHKドラマ『ルームシェアの女』(フランス語作詞)等がある。

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