墓のない国 ― タイの葬送風景に見る死生観と輪廻転生
■散骨
さて、日本と大きく異なるのは、タイ人には“墓”がないことだ。では遺骨はどうするのかというと、埋葬するのではなく“散骨”という形を取る。川や海に流したり、山間部であれば山に散骨する。他にも、遺骨の一部または全部を、寺院の通路の壁や納骨堂の壁などに安置し、モルタルで塗り固めることもある。
海へ散骨する場合は、チャーターした船に乗って沖合へ出る。船上で僧侶による読経が行われ、最後のお別れとしてお祈りをしてから散骨し、花びらを撒く。
散骨を終えた船は、その場で3度回ってから帰還するが、これも死者に帰り道を覚えられないようにするためだ。筆者がかつてバリ島で見た葬儀でも、家を出た棺が寺院まで行く途中の十字路で三度回ったが、同じ理由によるものだろう。
日本人の多くは「墓がなければ成仏できないのではないか?」と思うかもしれないが、これは日本のローカルな慣習による考えであって、タイなどでは墓がなくてもちゃんと“成仏”できるのだろう。人間の本質とは魂であり、肉体はこの世を一時的に生きるための“器”に過ぎぬ故、死後も執着することはないということだろうか。
■タムブン(徳を積むこと)
タイという国は、「お金がすべて」というような物質主義的価値観が浸透した金権社会の側面がある一方で、「タムブン(徳を積むこと)」の概念も重視される。タイの仏教は本来の上座部仏教に加えて、それ以前にあった土着の精霊信仰も色濃く残った信仰形態であり、その核心をなすのが、自己犠牲的な行いを功徳と捉えるタムブンの考え方だ。
タムブンの実践は、僧侶や寺院に喜捨(寄進)することや、小動物を殺さずに逃してあげることなどによって行われる。たとえば、タイ人と一緒に仏教寺院へ参拝すると、彼らは賽銭箱に金を入れることを「タムブンする」と言う。
また、タイ人は日本人以上に輪廻転生を深く信じていて、それを疑う者は少ない。そのため、人間の幸福は前世でどれだけタムブンしたかによって決まると信じられていて、今生では“より良い来世”を望んでタムブンする。つまり、それは善行の貯蓄のようなものだ。
面白いのは、タイの仏教寺院へ行くと、境内の売店で小鳥が売られていたりすることだ。「それは何のため?」と疑問に思うだろうが、前述の「小動物を殺さずに逃してやる」というタムブンを行うために、小鳥などを買うわけだ。
■ピー(精霊・お化け)信仰
ところで、妻の父が亡くなってから、実家に住む姉の一人が、自宅の誰もいないところで、人がいるような物音を聞いたそうだ。それを父だと判断し、死後も家族を護ってくれているのではないかと家内は言う。タイ人は、このようなオカルト話も好きなようだ。
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