7年間食事をしていない女性 ― 胃不全麻痺の恐怖
社会生活を送るわたしたち人間の多くは、その他大多数の者と同じように健康な四肢と臓器・消化器、そして脳、思考をもつ(もちろん人により異なる点もあるが)。家族があり、友人もいて、温かい食事とお風呂、そして心地の良い寝床で明日を迎えている。これ以上の幸せはないのだが、「あなたは今幸せですか?」と聞かれてすぐさま「はい」と答えられる人が何人いるだろう? 今回は、胃の筋肉と神経の不全によって妊娠期間を含む7年間にも及んで食事を摂っていないある女性の人生についてフォーカスしてきたい。
■軽いインフルエンザをきっかけに突如発祥した胃の疾患:以後7年間吐き続ける女性
ニコラ・ニコルズさん25歳。イングランド北部の街・ボルトンに住む彼女は、27歳の夫ベンと3歳のウィリアム、11か月のフェリシティの2人の子どもをもつ若き母親である。彼女は2008年、軽度のインフルエンザに罹ったのだが、なんとその時を境にして7年間食事を摂っておらず、かつ、その期間毎日50回は嘔吐しているのだという。一体彼女の体に何が起こったというのだろう。
インフルエンザに罹ったニコルが病院に行った際、診断した医師は当時の食生活について「インフルエンザの前から摂食障害をもっていたのでは」と疑った。インフルエンザにかかると高熱や嘔吐の症状もあるが彼女の場合は軽度で、しかも食事がまったくとれず日に何度も吐くというのは珍しいため、そう考えるのも仕方ないとも思える。
ただニコルの場合は単純な摂食障害などではなく、「胃不全麻痺」という疾患にかかっていたのだ。この状態は胃とその周辺の筋肉や神経が通常と同じように作動しないため、慢性的に胃が空にならない状態が続くことを指す。そのため膨満感によって吐き気や嘔吐、食欲の減少が続く非常に厄介な病気で、確かな原因が不明なこともあり、彼女の場合、それが7年という長期間にも及んで続いているのだという。
とはいえ、人間の体は栄養なしには存続することは不可能なので、血流に直接栄養を送る(完全非経口栄養、TPNという)ためのチューブから3リットルのグルコース入り特性バッグを毎晩注入している。
■女性として夢みていた結婚式というハレ舞台でも何も口にできないツラさ
話を聞いているだけでも、人間として生きることの最大の喜びでもある「食事を楽しめない」こと、それが7年にもわたって続いていることは、“普通に”食事をとり生きるわたしたちには想像を絶する過酷さが伺い知れる。それは子どもや夫との日々の食事においてももちろん、人生で一番の晴れ舞台だった結婚式においては最も屈辱的で、過酷だったと話す。
たくさんのゲストが豪華な料理やデザートをおいしそうに食べている中、何も食べられない自分。「あなたが作ったウェディングケーキのそば、一番目立つところでゲストに注目されながら、一口も、何も食べられないことを想像してみて……」と話すニコルズさん。式そのものはもちろん夢のようなひと時だったが、同時に彼女にとっては心底から楽しむことは困難だった。
さらに、彼女を苦しませたのは、直接栄養を送っていた方法(TPN)の副作用によって、女性にとって美の象徴ともいえる髪が抜け落ちはじめたことだ。
自身の髪が抜け落ちることのショックはもちろん、3歳になる息子ウィリアムが母親である自分のことで誰かにとやかく言われたりすることのほうを心配していたニコルは、夫であるベンに助けを求めた。すると素晴らしい夫であるベンは、まだらに抜けていた彼女の髪を剃り、次に自分の髪も丸く剃って、こうジョークをとばした。「朝起きて、僕だけがつるつる頭になってるなんてイヤだから(君のも剃ったのさ)」。
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