ナチス製UFOはこうして生まれた!! 天才発明家・シャウベルガーの知られざる人生
■“水のエネルギー”に取り憑かれた男・シャウベルガー
ヴィクトル・シャウベルガーは、1885年にオーストリアのホルツシュラグでレオポルト・シャウベルガーの8人目の子どもとして生まれた。彼の世界観には、森林監督官だった父の影響が色濃く反映されているという。
父の背中を追ったのか、1904年から森林監督官となったシャウベルガーは、第一次世界大戦後はシャウムブルク=リッペ侯アドルフ2世が所有するブルンネンタールの森林と狩猟地で監視員となった。そして監視員としての仕事の傍ら、生命の溢れる小宇宙とも言うべき森の営みをつぶさに観察し、自然の秘密に迫る独自の理論を形成していくのである。
シャウベルガーが特に注目したのは、水の性質と、水が秘めたエネルギーだった。彼にとって水は、あらゆる生命に活力を与える「地球の血液」に喩えるべきものであり、しかもエネルギーに満ちた“生きた水”もあれば、“死んだ水”もあるとした。そして、この思想が生み出した発明が、いわゆる「マス・タービン」だ。シャウベルガーは、急流の中にあっても押し流されず、むしろ流れに逆らって泳ぐマスの秘密は、その形状にあると考えた。つまり、事物の形を工夫することで、“生きた水”にエネルギーを集め、推進力として利用できると考えたのだ。
1922年、このシャウベルガーの信念を裏付ける事件が起きる。当時彼が仕えていたシャウムブルク=リッペ侯アドルフ2世は、自分の森林で伐採された木材を運搬する際、丸太の損傷が激しいことに頭を悩ませていた。これは、まっすぐな水路に丸太を浮かべ、そのまま峡谷に落とすという、スピードはあるものの損傷の大きい方法で丸太を運搬していた結果だった。そこでシャウベルガーは、ヘビのように何度も蛇行することで木材の損傷を抑えられる水路を設計。彼の考えによれば、うねうねと蛇行しながらも、しっかり丸太を押し流す推力が得られる秘密は、“生きた水”のエネルギーをうまく引き出すことができたためだった。そしてシャウベルガーの水路は評判を呼び、彼はユーゴスラビアやトルコなど、ドイツ以外の諸国でも木材運搬用水路の設計を手がけるようになった。
契約上の問題もあって、水路の設計からは1934年に手を引いたシャウベルガーだったが、その後は、水からエネルギーを引き出し、発電やタービン、さらには空を飛ぶためのエンジンに利用できるという驚くべき装置の研究に没頭してゆく。これこそが、後にナチス製UFOの推進装置になったと囁かれることになる「リパルシン装置」である。
■あと一歩で完成のはずが……
シャウベルガーが時の首相であるヒトラーと会ったのは、1934年6月10日のことである。彼は自分のエネルギー理論をヒトラーに説いたが、この時は同席していた物理学者のマックス・プランクに即座に否定されたため、あまり関心を持たれなかったようだ。しかし情勢が変わったのは、第二次世界大戦も終盤となってからのことだった。
一説によると、1944年頃のシャウベルガーは、リンツ近くのマウトハウゼン強制収容所の捕虜技術者を使って、空飛ぶ円盤だけでなく、浄水装置や高電圧発電機、さらには冷暖房装置や水素の合成装置などの開発に従事していたとされる。しかし連合軍の爆撃により、彼の拠点は上オーストリア州のレオンシュタインに移る。そして1945年3月6日、ついにシャウベルガーの推進装置が試験飛行までこぎ着けたタイミングで、侵攻してきたアメリカ軍にすべての試作品が破壊され、自宅にあった機材も押収されたのだ。また彼はウィーンにもアパートを所持していたが、そこにあった資料もソ連軍にすべて持ち去られた。このようにして、大戦中のシャウベルガーの活動に関する資料はすべて失われてしまったのだ。
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2024.10.02 20:00心霊ナチス製UFOはこうして生まれた!! 天才発明家・シャウベルガーの知られざる人生のページです。エネルギー、UFO、ナチス、ヒトラー、羽仁礼、自然、第二次世界大戦、シャウベルガーなどの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで