3回暗殺され、心臓をえぐり取られても死ななかった不死身男シメオン・トコ伝説!! 証拠写真も!?

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・ポルトガルがトコの殺害・解剖計画を企てるも失敗

 それは、1974年にポルトガルの独裁者サラザールの命令で企てられたトコ殺害で、第1級殺人と言えるものであった。ポルトガルの医者たちはシメオン・トコの無敵ぶりに関して記録を読んでおり、ヨーロッパ中から数人の医者が彼の解剖を行うために召集されていた。トコの胸から腫瘍を摘出するという口実で……。彼らはトコを市民病院に連れていき、手術台に乗せた。そして、彼は左胸を切り開かれると、大動脈とほかの動脈はメスで切断され、まだ鼓動を続ける心臓が取り出された。トコは、心臓と胸から飛び散った暖かい血にまみれて、横たわっていた

 トコの心臓は金属製の皿に取り出され、別の部屋の実験室に移された。医者たちは、何か特別なことが発見されることを期待して、様々な検査を行った。しかし、トコの心臓からは特別異常は認められなかった。そして、医者たちは彼の無敵ぶりは取り出された心臓から生まれているものではないという結論を下した。

 医者たちは疑いも無くトコを殺害した。しかし、恐ろしいことに、心臓の無いトコが目を開き、起き上がり、医者たちを見つめたのだ。胸は切り開かれたままの死骸が動き出したのだ。そして、トコは口を開いた。

「どうしてあなた方は私にこのような仕打ちをするのですか? 私の心臓を返したまえ!

 信じがたいことに、トコは自分の心臓を取り戻し、蘇ったのだった。

shimeon03.jpg心臓を摘出されて殺害されたあと、生き返ったことを示すシメオン・トコ

 のちに、トコ自身が自分の体に付けられた生々しい傷を人々に見せており、実際の出来事であったことに保証を与えている。また、事件後の数年間で、数千人もの人々がトコの胸に付けられた傷を目撃している。ザザによれば、その傷を通して心臓の鼓動が見えるぐらいのもので、見るに堪えないものであった。これは復活後のイエスが疑り深いトマスに脇腹の傷跡を見せ、触れさせたエピソードを彷彿とさせるものである。

・アンゴラ政府がトコを切り刻むも、失敗

 シメオン・トコはアンゴラを支配するポルトガル殖民地政府に最後の一撃を加えるべく、1974年8月31日、アンゴラに戻った。そして、1年後の1975年11月11日、アンゴラはポルトガルから独立を果たし、彼の言葉は成就した。

 しかし、アンゴラは独立しても政情は安定せず、トコへの弾圧も変わりなかった。1977年、ネトー大統領の側近で、陸軍の指揮官パイバは、シメオン・トコの殺害を命じた。トコは誘拐され、秘密の場所に連れていかれると、食肉加工されるがごとく体を切り刻まれた。トコの頭、腕、足が切断され、胸部と腹部も分離された。そして、大きな袋の中に詰め込まれ、ある場所に隠された。3日後、その袋を取り出し、海のサメにエサとして与えるつもりであった。

 しかし、袋は無くなっていた。それが分かると、大騒ぎになった。すると、突然、水が流れるような音に似た声が聞こえてきた。

「誰を探しているんですか? 私はここに居ますよ」

 それはシメオン・トコであり、しっかりと肉体を持って、堂々と立っていた。軍人たちは叫びながら逃げ去っていった。

「彼は神だ! 彼は神だ!」

 そんなシメオン・トコだったが、1983年12月下旬の日曜日、一万人の人々の前で演説を行った。

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