SEALDsの神格化を不安視する小林よしのり! 『脱正義論』から読み解く「正義の運動」とは?

■学生の政治活動は、結局ただの自分探しなのか?

『脱正義論』には、冒頭およそ80ページを使った描きおろし漫画「個の連帯という幻想の運動」が収録されている。圧巻なのは、その後に収録された「秘書カナモリの活動日記」である。描きおろし漫画と照らし合わせると、カナモリ作成のメモを元に、漫画が組み立てられていることがわかる。「支える会」の学生たちに対する評価は、カナモリと小林の間に温度差がある。カナモリは、「待ち合わせ時間に平気で遅れてくる」「大事な用事を直前になって頼んでくる」「小林の個人番号を知った学生が夜中にプライベートな電話をかける」「別件で小林を取材していた雑誌記者に原稿チェックを要求する」といった学生たちの不遜な態度に怒りを覚えている。だが、漫画では、そうした点は触れらないか、ソフトに描写されている。小林が学生たちに、相当な肩入れをしていたことがわかる。

 巻末の「脱正義論-あとがきにかえて」で小林は以下のように述べている。

“わしは『ゴー宣』を見て薬害エイズの集会に参加してきた若者たちは、同年代の原告の若者に同情し、なおかつ「小林よしのりが参加しそうなイベントを覗き見てやるため」集まって来たのかと思っていた。ほとんどがそのくらいのノリだったと思うが、なかには『ゴー宣』が認知した運動に参加することによって「自分が“正義”の側にいる」と信じたくてやって来た若者がいるようなのだ。これは衝撃である。普段の自分の個があやふやなため、自分が正しいか間違ってるか自信が持てず、運動に参加することで「これで私は正義の側にいる」と安心していたやつがいる。なんということか……”

 自意識の希薄さゆえに、自らの存在を確かめようと、何か正しいもの、崇高なものに惹かれてしまう。それはオウム真理教に取り込まれていった若者にも通底する意識だろう。現在ならば“意識高い系”ともなろうか。

 それでもSEALDsの若者たちは、薬害エイズ運動にハマってしまった若者たちより、精神は成熟しているように見える。薬害エイズは言ってみれば、学生たちは当事者ではない。しかし、安保法制は、自らが戦争の加担者となることへの危惧がある切実な問題である。それでも、議論は強引に進められてしまった。SEALDsの学生たちは「主権在民」「民主主義を守れ」という当然の異議申立てをしているに過ぎない。それを、新しい運動と持ち上げ、何かに利用しようと勘違いをする大人たち(メディア)に釘を指す、小林よしのりの直感は鋭い。

『脱正義論』刊行後、小林よしのりは、従軍慰安婦論争や「新しい歴史教科書を作る会」にコミットし、保守思想への傾倒を始める。その成果は『戦争論』に結実する。薬害エイズ運動で、左翼に失望し、右旋回を始めたという単純な見立ても可能かもしれない。

 しかし、小林がもっとも嫌悪したものは、否応なく個を消滅させてしまうイデオロギーではなかったか。実際、その後の「新ゴー宣」で描かれる、作る会の内ゲバ劇は醜悪であるし、911テロ後、対米従属になびく保守論壇を“ポチ保守”と激しく非難する。すべて、思考停止した言葉たちだ。

 小林よしのりはアクの強さゆえ、好き嫌いの分かれる作家である。それでも『脱正義論』には示唆に富む内容があふれている。よしりんを、AKB48好きのおっさん漫画家くらいにしか、思っていない人にこそ是非読んでもらいたい一冊だ。
(文=王城つぐ/メディア文化史研究)

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