SEALDsの神格化を不安視する小林よしのり! 『脱正義論』から読み解く「正義の運動」とは?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント4

■学生の政治活動は、結局ただの自分探しなのか?

『脱正義論』には、冒頭およそ80ページを使った描きおろし漫画「個の連帯という幻想の運動」が収録されている。圧巻なのは、その後に収録された「秘書カナモリの活動日記」である。描きおろし漫画と照らし合わせると、カナモリ作成のメモを元に、漫画が組み立てられていることがわかる。「支える会」の学生たちに対する評価は、カナモリと小林の間に温度差がある。カナモリは、「待ち合わせ時間に平気で遅れてくる」「大事な用事を直前になって頼んでくる」「小林の個人番号を知った学生が夜中にプライベートな電話をかける」「別件で小林を取材していた雑誌記者に原稿チェックを要求する」といった学生たちの不遜な態度に怒りを覚えている。だが、漫画では、そうした点は触れらないか、ソフトに描写されている。小林が学生たちに、相当な肩入れをしていたことがわかる。

 巻末の「脱正義論-あとがきにかえて」で小林は以下のように述べている。

“わしは『ゴー宣』を見て薬害エイズの集会に参加してきた若者たちは、同年代の原告の若者に同情し、なおかつ「小林よしのりが参加しそうなイベントを覗き見てやるため」集まって来たのかと思っていた。ほとんどがそのくらいのノリだったと思うが、なかには『ゴー宣』が認知した運動に参加することによって「自分が“正義”の側にいる」と信じたくてやって来た若者がいるようなのだ。これは衝撃である。普段の自分の個があやふやなため、自分が正しいか間違ってるか自信が持てず、運動に参加することで「これで私は正義の側にいる」と安心していたやつがいる。なんということか……”

 自意識の希薄さゆえに、自らの存在を確かめようと、何か正しいもの、崇高なものに惹かれてしまう。それはオウム真理教に取り込まれていった若者にも通底する意識だろう。現在ならば“意識高い系”ともなろうか。

 それでもSEALDsの若者たちは、薬害エイズ運動にハマってしまった若者たちより、精神は成熟しているように見える。薬害エイズは言ってみれば、学生たちは当事者ではない。しかし、安保法制は、自らが戦争の加担者となることへの危惧がある切実な問題である。それでも、議論は強引に進められてしまった。SEALDsの学生たちは「主権在民」「民主主義を守れ」という当然の異議申立てをしているに過ぎない。それを、新しい運動と持ち上げ、何かに利用しようと勘違いをする大人たち(メディア)に釘を指す、小林よしのりの直感は鋭い。

『脱正義論』刊行後、小林よしのりは、従軍慰安婦論争や「新しい歴史教科書を作る会」にコミットし、保守思想への傾倒を始める。その成果は『戦争論』に結実する。薬害エイズ運動で、左翼に失望し、右旋回を始めたという単純な見立ても可能かもしれない。

 しかし、小林がもっとも嫌悪したものは、否応なく個を消滅させてしまうイデオロギーではなかったか。実際、その後の「新ゴー宣」で描かれる、作る会の内ゲバ劇は醜悪であるし、911テロ後、対米従属になびく保守論壇を“ポチ保守”と激しく非難する。すべて、思考停止した言葉たちだ。

 小林よしのりはアクの強さゆえ、好き嫌いの分かれる作家である。それでも『脱正義論』には示唆に富む内容があふれている。よしりんを、AKB48好きのおっさん漫画家くらいにしか、思っていない人にこそ是非読んでもらいたい一冊だ。
(文=王城つぐ/メディア文化史研究)

関連キーワード

コメント

4:匿名 2015年12月17日 01:26 | 返信

長文描いたけどはじかれた(苦笑
(サイトにじゃないかもだけど)

真実は必ずしも見えてる・聞こえてる通りではない。
それを知るだけでも違うと思う。

3:匿名 2015年12月17日 01:21 | 返信

>> 1

過去を学んでみるといいと思う。
すぐ最近なら911の辺りのアメリカ・イギリスの動き、
そしてその結果、また、本当に戦争をした理由etc…。
現実は見えてる、聞こえてる通りでは必ずしもないんだと
とりあえず知ってるだけでも違うと思う。

記事内容に関して。
かなり警戒して読んだけど、悪い内容じゃなくて良かった。
ただ、タイトルには(この記事以外も)読ませたいトリックをひしひしと感じる(笑
流石に、いかにも偏ってそうな記事は、もう最初から読まないけど。

2:匿名 2015年11月8日 14:19 | 返信

バランスの取れたいい記事だなと好感を持ちました。
私はSEALDSの方と面識もありませんし、小林さんの主張も本で読んだことしかありませんが、
牛田さんと小林さんの民主主義や憲法についての認識はそう遠くありませんし、両者ともクラシカルで全うな考え方であると思います。
しかしクラシカルな論理が論理として通らないのが日本社会でもあります。
SEALDSの中にも、物をよく考えている若者はいるでしょう。牛田さんも発言などを見るに相当勉強している印象があります。
でも集団の中に取り込まれると個人にはどうにもならない力学が働き、正当なロジックだけで対処できないこともあるのだと思います。ですから、今回の件を牛田さんの人格の問題や主義主張の対立に求めるのは的外れだと思います。
本質は、正当な論理がそのまま通らない社会のムードなのであり、その意味ではデモをする方、しない方、政治家にも市民にも責任はあります。
小林さんは、日本社会における政治的コミュニケーションの難しさを脱正義論で書いていたのだと思いますし、その解決に、まず個人が立つことを推奨しました。福沢諭吉と同じです。
こうした問題について、誰かのせいにする、、、それが政治家であったり、デモ隊であったり、あるいは若者、であったり、しばき隊であったり、誰かのせいにすることからやめていきましょう。その意味で解決の糸口はどこにでもあります。

1:匿名 2015年10月3日 17:08 | 返信

SEALDsがヒーローであるかのような「前提」に違和感。
SEALDsは特定思想の人間に持ち上げられ、踊らされている愚かな若者でしかない。
薬害エイズのような正義も無く、国が攻撃されても敵から逃げ回る保障をして欲しいだけに見える。
一方的に攻撃されたとき、薬害エイズと同じではない。そこにSEALDsは存在からして、根本的な陳腐さと卑劣さが存在している。

コメントする

画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。