【ニコニコチャンネルでの掲載が開始された日本初のダークツリーリズム専門誌『DARKtoursim JAPAN』がおくる、蠱惑のフォト・ダークツーリズム】
純愛が極限まで高まったその果てに、愛人を殺害して男根を切り落とした女がいた。幾多の映画や小説にもなった、阿部定である。狂気と波乱に満ちた彼女の人生を辿った――。
■15年にわたって彷徨った流浪の女

1936(昭和11)年5月18日、阿部定(当時31歳)が、東京都荒川区の待合「満左喜」で愛人を殺害。局部を切断するという猟奇性から、事件は広く世間を騒がせた。撮影/八木澤高明
東京千代田区神田多町。現在オフィスビルが建ち並ぶ一角で、阿部定は生まれ育った。すでに生家の痕跡は残っていないが、生家跡からほど近い場所に暮らす男性が、彼の祖母と定との浅からぬ因縁を話してくれた。
「ウチのオヤジと乳飲み兄弟って聞いてますよ。ウチの婆さんが9人も子供を生んでいて、おっぱいの出がよくてね。それで阿部定のお母さんってのが、あまり子育てができない人だったようで、あまってるからウチのおっぱいあげるよってね」