“日本一職質される神社”東峰神社の監視体制は軍事施設レベル! 成田空港反対派のシンボル訪問記

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 周囲からの視線を感じつつ、そのまましばらく散策を続けていると、そこには航空神社時代のものと思しき石柱や石碑が遺されていた。特に鳥居近くに設置された石柱については、まず通常ではあり得ないことだが、表側に「東峰神社」、裏面には過去に用いられていた「航空神社」の名が刻まれていることに気づく。実はもともとこの神社は、航空機の設計やパイロットの育成に尽力したことで知られる民間航空の父・伊藤音次郎が、1937(昭和12)年、習志野市(当時の津田沼町)に、空難者の慰霊を目的として建立した航空神社が元になっており、戦後になって彼がこの地に入植する形で農場を開くと、それに伴う形で移転し、同地のシンボル・東峰神社になったという経緯が存在するためである。航空神社は慰霊を、東峰神社は入植者からの信仰を集めるもの、と本来それぞれの役割は異なるものの、今ではそれらが合わさる形で、共に高い塀の中に纏られているようだ。

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 なお、先述したように成田空港の中に取り残されるようにして存在しているという位置関係から、この周辺上空では、絶えず轟音を立てて旅客機が行き交い、かつて織田裕二が好演して話題を呼んだ参天製薬の目薬「サンテFX」のCMを彷彿とさせる経験も可能。そうした意味では、世の好事家にとっても、また航空ファンにとっても嬉しいスポットといえるが、同時に、その特異な成立過程と諸事情から、絶えず厳しい監視下におかれ、周囲は空港側の監視員によってパトロールが行われているほか、私服および制服警察官が巡回にあたっている。そのため、それが単なる参拝を目的としたものであっても、たびたび職務質問に遭うことから、“日本一職質される神社”“100%職質される神社”などとしてネット上でも知られているが、こうした状況を見る限り、やはり同港の建設や、その後の拡張工事を巡る衝突は、今なお、過去のものではないと言えそうだ。

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(写真=文/Ian McEntire)

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