脳科学が仏教に同意「無我を全面的に認める」! 一方、ダライ・ラマは「科学に改宗してもいい」

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脳科学が仏教に同意「無我を全面的に認める」! 一方、ダライ・ラマは「科学に改宗してもいい」の画像1画像は「Big Think」より引用

 仏教の基本的教義である「無我(アナッター)」が科学的にも事実であることが近年の研究で徐々に明らかになりつつある。これまでにも、1980年代に「Mind and Life Institute」が米国で設立されて以来、多くの科学者が仏教に関心を示してきたが、神経科学の目覚しい発展にともない、世界中の科学者が仏教にさらに熱い視線を送っている。


■無我とは?

 ブッダも教える相手を選んだといわれるほど、パーリ語で“アナッター”と呼ばれる「無我」の正確な理解は困難を極めるが、世界中の著名科学者や思想家の生の言葉を届けるウェブサイト「Big Think」が紹介している、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学のエヴァン・トンプソン教授(心の哲学)の簡潔な説明を頼りに解説していこう。

「仏教では変化しないものは存在せず、全ては時間とともに変化し、意識の流れさえも常に変わり続けていると言われています。そして、脳科学の観点からも、脳と体は常に流動状態にあるといえます。不変の自己は存在しないのです。これを無我といいます」(トンプソン教授)

 つまり、興味・観点・信条・愛着・人付き合いなども、昔の自分の映像を観たり、数年前に書いた文章を読んでみれば、多かれ少なかれ今の自分と変わってしまっていることに気付くのと同様に、「無我」は「自分がまったく存在しない」という意味ではなく、「自己は常に変わり続けている」ということだろう。

 心理学者リック・ハンソン博士は、「無我」個人の成長や変化のために必要不可欠であると語っている。博士によると、個々人の思考は、それぞれの人を定義づけ、固定してしまう絶対的なもののように思えるが、もし思考や性格などが固定したものだとすると、人の成長や変化などがなくなってしまうため間違った考えであるという。

■仏教と科学の融合

 このような無我と変化の関係は脳科学でも重要視されている。というのも、脳のネットワークを構成するニューロンは絶えることなく接続と切断を繰り返し、常に新しい状態に更新されていることが近年の研究で分かってきたからだ(ニューロン可塑性)。そして、脳の状態が変化し続けているならば、思考や性格も不断に再構成されているはずだ、というわけだ。

 深遠な仏教の思想を物質(脳)に還元してしまうことに抵抗を覚える仏教徒も一部にはいるようだが、チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世は仏教に対する科学的アプローチを温かく迎え入れている。

「もし、科学が仏教の教義に反するけれど、絶対に確実なことを証明したとしたら、それが正しい知識である限り、躊躇することなく我々仏教徒も科学の結果を受け入れなければなりません」(ダライ・ラマ14世)

 18世紀イエズス会の宣教師がチベットに布教した際も、当地の仏教徒たちは「キリストの教えが仏の教えよりも明らかに正しいと分かったら改宗する」として、宣教師を受け入れた。時として仏教は神秘的な側面が強調されるきらいがあるが、その中心にあるのは真実を求める態度である。

 宗教と科学の対立が叫ばれて久しいが、確実にスピリチュアリズムとの融合は進んでいるようだ。
(編集部)


参考:「Big Think」、「Deseret News」、ほか

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