「読むだけで知覚が変わる」本がある! 哲学者・千葉雅也×俳人・北大路翼が語る“俳句と哲学”

「読むだけで知覚が変わる」本がある! 哲学者・千葉雅也×俳人・北大路翼が語る俳句と哲学の画像1画像は、歌舞伎町の酒場「砂の城」の入り口

【俳人・北大路翼×哲学者・千葉雅也(対談)】

 蒸し暑い夜、知的で詩的な対談が歌舞伎町の雑居ビルにある「砂の城」の一室で行われた。 

 そこにいた男のひとりは、欲望と暴力の街・新宿歌舞伎町で句作に没頭する俳人・北大路翼。天才芸術家・会田誠から譲り受けた酒場「砂の城」を拠点に俳句一家「屍派」を束ね、NHKで報じられるなど現在注目の人物。今年5月には第二句集『時の瘡蓋』を上梓し、日々、精力的にTwitterにて俳句をつぶやき続けている。対するは、千葉雅也東大・京大で今1番読まれている本として大ベストセラーとなった『勉強の哲学 来るべきバカのために』の著者であり、フランス現代思想・哲学を専門とし、ギャル男ファッションからセクシャリティまで幅広く語る哲学者である。今夜、39歳同学年のふたりが俳句、孤独、哲学、生と性を語り尽くす。

「読むだけで知覚が変わる」本がある! 哲学者・千葉雅也×俳人・北大路翼が語る俳句と哲学の画像2時の瘡蓋』(ふらんす堂)、『勉強の哲学 来たるべきバカのために』(文藝春秋)

 

ギャラの出ない祭りに呼ばれリンゴ飴(『時の瘡蓋』より)

 


【第1回テーマ 俳句と哲学とSNS】

「読むだけで知覚が変わる」本がある! 哲学者・千葉雅也×俳人・北大路翼が語る俳句と哲学の画像3左・千葉雅也 右・北大路翼

――こんばんは。お2人に、まず「哲学と俳句」というテーマでお話しいただきたいです。

千葉 俳句といえば…僕は以前『別のしかたで:ツイッター哲学』(河出書房新社・2014年)という本を出しているのですが、それは自分が過去にツイートした文を並べ替えて再編集し、読めるものにした歌集のような本でした。その本のあとがきで書いたのですが「140字という制限の中」で何ができるのかを探っていくことが非常に面白かった。

 僕の考えなんですが、人間は「なんでもやっていいよ」という無限の状況だと何もできない。リミット設定が必要なんです。僕はTwitterで日常を切り取ることをある種の“定形文学”と考えていました。哲学的なキーワードで言えば「有限性」ですね。

 その本を出した14年の時点では、現代の短歌、俳句はちゃんと読んでなくて、その後、北大路さんの仕事を知りました。北大路さんの句は濃縮されたツイートのようです。俳句は伝統的な形式ですが、ある形式の中で現代とどう格闘するかというのは、僕と似たところを考えているんじゃないかなと思いました。

北大路 たしかに似ていますね。僕は世界で一番多くの俳句をTwitter発信している人間だと思っているのですが、俳句はTwitterの文字制限と相性がいいんです。それに俳句は同人誌でやるとせいぜい500人から1000人にしか見られません。でも、Twitterだともっと多くの人に届けられる。俳句に興味ない人も読むし、そこが一番大きかった。本来は半分メモなの。本にするときはツイートした俳句に手を入れて、順番も入れ替えるし。俳句を作るのは楽しいけど、編集の方が大変(笑)。

千葉 リツイートされやすい俳句はありますか?

北大路 暗いのがウケますね。特に「死にたい」系ですかね。

千葉 Twitterはメンヘラカルチャーが強いからね。

北大路 あとはエロ系ね。でもそれは俳句だからではなく、普通のツイートと一緒だよ。千葉さんのツイートはどうですか? 

千葉 僕のはエモい、叙情的なツイートがウケますね。一般的にTwitter、SNSでは、否定的な方がウケるでしょうね。エモいというのも基本は寂しさでしょう。ネットはネガティブな感情を増幅する。Twitterは芸術的な方向にも使えるわけですが、三面記事的な要素があったほうがウケるんでしょうね。

自販機に指を噛まれて夏来る(『時の瘡蓋』より)

 

■千葉「句集を読んだ後に、周りを眺めたり、外に出たりすると知覚が変わる」

「読むだけで知覚が変わる」本がある! 哲学者・千葉雅也×俳人・北大路翼が語る俳句と哲学の画像4

――そもそも千葉さんが北大路さんの句を気に入ったのはなぜですか?

千葉 なんでしょうね。寂しさ、滑稽さ、元気さなどがいい感じにブレンドされているところですかね。しかもあざとい感じではない。自然な叙情の発露なんじゃないかな。

北大路 僕のは日記に近いからね。同じような心境になったときには、みんなシンクロして喜んでくれる。

千葉 北大路さんの句で好きなものを選んでみますね。ベタですが。<ウーロンハイたつた一人が愛せない(『時の瘡蓋』より)>名作ですよね。前衛的でもなく普通にいい。ポップで切実。「写真が写すのは、真実でも事実でもなくて切実だ」というアラーキー(荒木経惟)の言葉を思い出します。

 北大路さんとは同い年(39歳)じゃないですか。だからなのか、ネットが本格化する前の90年代、身体が人間にとってどのような意味や価値を持つかという「身体論」が流行していた時期に“ゆらいでいた僕自身”の切実さを思い出すんですね。20歳前後で新宿二丁目に行き始めたときの感覚とかね。自分の若いときの新宿の体験が、俳句を通じてエコーしてくるような。

北大路 僕はわりと女のコのファンも多いんだよ。

千葉 そうでしょうね。その理由のひとつはジェンダーが未規定だからだと思う。男の心情を綴っている部分も出てくるんだけど、抽象的で主体が男とも女ともとれる。それに性的対象としての女性がそれほど描かれない。女の体をまさぐるような句は?

北大路 あんまりない。

千葉 そう。男が女性を対象化するという句があまり目立たないんですよ。例えば、「一緒にラブホテルに行った」という残像を描いた句でも、男同士や女同士としても考えられるわけです。ジェンダーの可動性があるから、いろんな人が乗り移れるんじゃないかな。

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