その歌詞を要約してみると、次のようになる。
“パリに留学に行った大学生は、ヨーロッパで様々な洋服を買い求めた。それを着ることによって、彼らは、<成功者>となった。バカンスでキンシャサに凱旋帰国すると、大勢の女性が群がった“
サプール/撮影:酒井透
さらに分かりやすく言うならば、『ヨーロッパでブランドものの洋服を買い、それを着てキンシャサに戻って来た者こそが、真のサプールとして認められる』ということになる。当時、サプールはそこら中にいたが、“真のサプール” というものを定義して、このような考え方を音楽の中に持ち込んだのは初めてだった。
サプール/撮影:酒井透
それまで、パパ・ウェンバがテーマにしていたのは、“ボリンゴ(Bolingo/Love)”だ。多分に漏れず、他のミュージシャンもその系統にあった。ステラヴォス・ニャルコスは、そのような流れをも変えたのだ。
サプール/撮影:酒井透
筆者は、生前のステラヴォス・ニャルコスに何度が会っている。彼によると、彼の父は、大臣を努めていたという。1960年にベルギーから独立してザイールという国になってからは、任務の関係でヨーロッパにも出向いている。当時、父は、旅先で買い求めたブランドものの洋服を彼にプレゼントしている。ニャルコスが、まだ8歳の頃のできごとだ。