ゴミ屋敷で死んだ漫画家が残した最後の漫画
ゴミ屋敷で孤独死した漫画家が残した遺作『生ポのポエムさん』が訴えた生々しいフリーランスの現実
2018年2月、ひとりの漫画家が死んだ。ペンネームは吠夢(ぽえむ)という。ご存知ない人も多いだろう。知っているとしたら、かなりマニアックな漫画通だ。
彼は練馬区のアパートで孤独死していたところを発見された。6月1日、そのアパート内から見つかった彼の最後の作品『生ポのポエムさん』(エンペラーズコミックス・大洋図書)が電子書籍で発売された。
吠夢氏は駆け出しの頃、手塚治虫プロや漫画家・日野日出志氏の元で仕事をしていた。
「トイレで小用をたしていたら、たまたま入ってきた手塚治虫に声を掛けられた」
というのが、飲み会での鉄板エピソードだった。
その後、メジャー誌の賞を取り、独立したプロの漫画家になった。得意ジャンルはホラー漫画で、ホラー漫画雑誌を中心に作品を掲載していた。
しかし、時代とともにホラー雑誌は減り、ホラーだけで食べていくのは難しくなった。代わりに、『漫画実話ナックルズ』(ミリオン出版)など、新ジャンルだった実話系の雑誌を舞台に原作付き漫画や体験漫画を描くようになった。
僕もまた、その手の実話誌ではよくお世話になっていたので名前は知っていた。出版社の忘年会などの集まりで、お会いしたこともあるようだが、吠夢氏は知らない人に話しかけるタイプではなく(ただし女性作家には声をかけていたらしい)、結局はっきりとした面識はないまま彼岸の人となった。
ただ、噂話はよく耳に入ってきた。 ある日、吠夢氏から編集Mさんの携帯電話に電話がかかってきた。
「仕事がなく、本当に食い詰めて大変だ。このままでは辛さに耐えきれず死んでしまいそうだ」
という内容だった。いかにも自殺しかねないような雰囲気だ。その場はなんとか励まして、後日食事をすることになったという。数日後、Mさんは指定された練馬駅に行くと、ニコニコと元気な吠夢氏が立っていた。
「行きつけの良い店があるんですよ!!」
生き生きとしている吠夢氏を見て、Mさんはホッとしたような、馬鹿にされているような気持ちになったが、とりあえず吠夢氏についていく。するとガールズ居酒屋に到着した。
「ガールズ居酒屋」とは、かわいい女の子が給仕をしてくれるお店だ。吠夢氏はそのお店の常連らしかった。
女の子がやってくるタイミングで、吠夢さんはおもむろにカバンから漫画原稿を取り出して、Mさんに見せる。女の子はその様子を見て、
「すごーい、打ち合わせですかー?」
と声をかけた。
「吠夢さんは、女の子がいる店に行く時には絶対に漫画原稿を持ってくるんですよ。漫画を女の子に見せたらモテると思ってたんでしょうね。吠夢さんの漫画って死体が出てきたり、気持ち悪いのが多いから、とてもモテるとは思えないんですけど(笑)。その日は、たぶん女の子に本当に漫画家だぞ、というのを見せたかったんだと思います。そのために僕は呼ばれたんでしょうね」
女の子にモテアピールをした後は、ここぞとばかりに散々飲み食いをした。
「いやあ吠夢さんは打ち合わせの時もすごい食べるんですよ。打ち合わせの時は、喫茶店に早めに着いてナポリタンとかご飯を食べちゃうんです。編集が到着した時にはすでにお皿下げられてるから気づかないんですけど、会計時に『なんでこんなに高いの?』って驚くわけです。ガールズ居酒屋の時も、当たり前のように僕がおごりましたね。もう金額までは覚えてませんが、そこそこいってたと思いますよ(笑)」
Mさんは当時のことを思い出して、頬をゆるめた。
一方、今回の電子書籍化にあたり、大きく協力をしたのはフリー編集者のTさんだ。
「吠夢先生はそういうちょっと変わった人でしたけど、お茶目なキャラで愛されてもいました。没後に開いた『故人をしのぶ会』にも漫画家や編集者など20人あまりの人が集まりました」
その 「しのぶ会」では、故人が生前しでかした前述のような珍騒動のエピソードで盛り上がったという。飲み会でも、話題の中心になるような、なんとも憎めない人だった。
今回の電子書籍漫画の企画は、去年の秋に吠夢氏がT氏にかけた一本の電話からはじまった。
「M君への電話同様、本当に食い詰めていて困っているという内容でした。ホラー雑誌も、実話誌も時代とともに激減しました。吠夢先生は、どちらかと言えば気弱な性格で、新しい仕事を営業力で取ってこれるほど器用な人でもありませんでした。それに持病である糖尿病がかなり悪化していて、目が見えなくなってきていると訴えられました」
この期に及んで漫画家として新たな仕事を開拓するのは大変難しい。かといって、誰かに雇われて働くのも、性格的にも健康的にも無理そうだった。吠夢氏はTさんに窮状を訴え続けた。見かねたTさんは、生活保護を受けることを勧めた。
「生活保護を受けて、それを漫画にしてみてはどうかと提案しました。吠夢先生は、これからも漫画で食べていきたいという意欲はあった。そこで、出版社に頼らず自分で作品を描いてネットに投稿して読んでもらおうと話したんです。最近は『note』のようにクリエイターが自作を投稿するプラットフォームも増えていて、中には売り上げで生活している漫画家もいます。もちろん甘い世界ではなく、大変険しい道のりです。ただ、吠夢先生は挑戦してみたいと言っていました」
テーマは「自身の生き様」で行くことになった。
そう言うとかっこいいが、原作付や体験ルポが多く、久しくオリジナル作品を描いていなかった吠夢氏にとっては、それ以外に選択肢がなかったのだ。
60歳を目前にひかえた、ナマポ漫画家の「生活保護を受けながら再起を目指す等身大の実録漫画」への挑戦が始まった。
ただ吠夢氏はデジタルにはとことん疎かった。コンピューター、スキャナーなど必須の道具も持っていなかった。そしてそれをそろえる金銭的余裕もない。自力で挑戦することは不可能だった。
「勧めた手前もありますし、何より吠夢先生の熱意にほだされて協力することにしました。デジタルに疎かった吠夢先生ですが、ガラケーからスマホに新調し、FacebookやLINE、Twitterのアカウントも取りました。必要なら僕の事務所の機材も使ってくださいねと伝えたんです。『note』でいきなり収益を上げるのは難しいでしょうから、僕のほうでも出版社と交渉して、連載が4話分たまった時点で電子書籍として配信する内諾を得ました」
そして、2018年の年明けにTさんの元に吠夢氏から「原稿上がりました!!」との一報が来た。吠夢氏は正月の間、ずっと原稿を描いていたという。
「さっそく原稿を見せてもらって、次回以降の打ち合わせもしましょうという話になりました。吠夢先生はやる気にあふれていましたね」
しかし打ち合わせ予定日当日、T氏の事務所に吠夢氏は現れなかった。なかなか連絡が取れず、1時間ほどしてようやく自宅の電話につながった。電話口の吠夢氏はなぜか泥酔した様子だった。呂律の回らない口調で「ごめんなさい。ごめんなさい」 とひたすら謝る吠夢氏にT氏は当惑し、「落ち着いたらまた連絡を下さい」と言って、電話を切ったという。
「腹が立つというよりビックリしました。吠夢先生は、少なくともお酒を飲んで無責任に打ち合わせをすっぽかすような人ではありませんでしたから」
結局、それがT氏と吠夢氏の最後のやり取りになった。
それから約2週間音信不通が続き、心配になったT氏は警察署に連絡。警察官が吠夢氏の部屋を訪れると、吠夢氏はすでに冷たくなっていた。遺体は遠方に住む高齢の両親に引き取られていった。
57歳だった。
その後、警察署からTさんに連絡が入った。
「アパートの大家さんが僕が以前送っていた安否を気遣うFAXを見たとのことで、故人の部屋を見てあげてくださいと言われたんです。葬儀も実家で密葬で僕は参列していませんでしたから、吠夢先生宅で手を合わせようと思いました。もちろん心血を注いだ最後の原稿を一目見たいという気持ちもありました。それで、別の元担当編集者と2人で、吠夢先生宅へ向かったんです」
吠夢氏の部屋は、想像を絶する状態だった。もともと、男ひとり暮らしの万年床。散乱して足の踏み場もなかった上に、すでに行政が業者に依頼していて、ゴミ袋の山が築かれている。それぞれの袋には衣服や仕事の資料とおぼしき本、過去の作品の掲載誌などが無造作に詰め込まれていた。

原画の入った袋も整理されておらず、遺稿の捜索は困難を極めた。
僕はしばらくゴミ屋敷の清掃の仕事をしていたから分かるが、ゴミ屋敷の中から意中のモノを探すのは本当に大変だ。部屋中すべてくまなく清掃していけば出てくる可能性は高いが、ササッと探して見つけるのはかなり難しい。
そう言えば先日、孤独死があった部屋の清掃を体験した。ワンワンと無数に飛び回るハエ。ズルリと抜け落ちた頭髪。黒いドロドロとした液体。死臭がきつすぎて息もできなかった。孤独死の悲惨さを味わい、フリーランスで独身の我が身に将来訪れるであろう悲劇を想像して怖くなった。
ただし吠夢氏の亡骸は、非常にきれいだったという。氏の両親によると眠っているかのようだったそうだ。厳冬の2月という季節が味方したのだろう。不幸な結末だが、両親がきれいな状態の遺体を引き取れたのは良かった。
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