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■預言者ジュセリーノに対する疑問

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ジュセリーノ未来予知ノート」より引用

 ブラジルにジュセリーノ・ダ・ルース、通称ジュセリーノという予言者がいる。10年ほど前に日本でもかなり話題になり、彼に関する単行本が何冊も出版された。本人は自分の予言の的中率を90%と豪語し、地下鉄サリン事件や9.11、最近でも、西城秀樹の死去や今年5月1日の大阪地震を予知したと主張している。

 しかし、彼の予言を少し詳しく調べると、ある疑惑が生じてくる。ジュセリーノの予言で的中したと言われるものの大部分は、先述の西城秀樹の死去や大阪地震も含め、実際に事件が起きた後で公表されているのだ。事前に発表されたことが確実なジュセリーノの予言について、その的中率を検証したサイトもあるが、結果は惨憺たるものであり、「今年6月に日本で大地震が起きる」という彼の予言も外れている。

 勘ぐってみると、ジュセリーノは事件が起きた後で、過去の日付で作っておいた文書に「予言」を書き足して公表しているとも考えられるわけだ。


■大正時代の大予言者と忍者の末裔

 実は、これとそっくり同じトリックを用いて予言者を演じていた人物が、なんと大正時代の日本にいた。その人物の名は西田香峰。自ら梵名(ぼんめい、サンスクリット語の名前)として「アウンバラマ」を名乗っていた。

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最後の忍者どろんろん」より引用

 大正8年、『最後の忍者どろんろん』(新風舎)の著者で、甲賀忍者の末裔を自称する藤田西湖は、21歳の時にアウンバラマと対面している。当時のアウンバラマは、雑司ヶ谷(東京都豊島区)に大邸宅を構えており、年の頃は50あまり、ヤギひげをたくわえ金縁眼鏡をかけており、背は1.64mくらい、他方体重は75kgはあろうかという脂ぎった男だったという。つねに紫の衣を身に着け、ダイヤモンドをちりばめた金の冠をかぶり、自ら仏陀や如来の化身を称していた。

 アウンバラマの邸宅には、朝早くから大勢の書生や信者、来客が詰めかけていたが、アウンバラマ本人は毎日十時頃まで朝寝をしており、その頃やっと起きだして信者の前に姿を見せるのだ。

 信者たちは大体、その日の新聞記事を話題にして話し合っているのだが、たとえば明治42年10月27日、日本の初代総理大臣、伊藤博文がハルビンで安重根に暗殺されたという記事が載ったとき、おもむろに姿を見せたアウンバラマは書生に言い放った。

「4年前の10月の日記を持ってこい」

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イメージ画像:「Thinkstock」より

 書生がアウンバラマの日記帳をうやうやしく捧げてくると、まずは表紙に記された「明治38年記」という年号をその場にいる全員に示してページをめくり、

「それ、この通り書いてある。……伊藤公は明治42年10月26日午前9時、外国に於いて凶変にたおるべし」

と述べると、そのページをまた全員に示した。

コメント

1:匿名2018年9月 8日 16:21 | 返信

TOCANA  お前が言う(笑)
後出し予言と はずれまくりの週末の終末予言
人のふり見て わがふり直せ

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