■伝統や歴史を語り継ぐこと=未来を考えること
ーー『KIPUKA』が完成する以前と以降で、岩根さんの中で変わったこと、見えてきたものはありますか?
岩根 なんだろう? それまで持っていなかった新しい時間の捉え方を知ったことでしょうか。
ーーどういうことでしょう?
岩根 私は写真を撮っているから、ずっと目の前のものしか見ていなくて、その繰り返しだったんです。でも、ハワイの日系人の人たちは、五代前の先祖が何をしていたかを明確にわかっていて、話すことができる。マウイ太鼓(マウイ島で「フクシマオンド」を継承する日系人を中心とした創作太鼓のグループ)のケイさんという人に「あなたのLegacyは何?」って訊かれたときに、私、答えられなかったんですよ。
ーーLegacyとは?
岩根 「遺産」とか「未来に残していくもの」っていう意味なんですけれど。
ーー未来志向の言葉なんですね。
岩根 英語ではそういう意味合いで使っていますね。「未来に何を残したいと思っているか?」という質問をされて、最初はその質問の意図がわからなかった。そんなことは考えたこともなかったから。
ーー唐突に尋ねられてもすぐには答えるのは難しいですよ。
岩根 だけど、ハワイの日系人たちは移民した先祖がやって来た場所の記憶、そこからつながる伝統や歴史を語り継ぐことをずっとしてきたわけです。彼らにとっては伝えていくことが、つまり、自分たちの未来を考えているっていうことなんですよ。そこから、自分につながっている過去をどこまで理解できるかが、その時間の長さと同じ分の未来を考えていくことなんだ、っていうことを感じたんです。
ーーその視点は目から鱗です。
岩根 それは、私にはそれまでまったくなかった感覚だったんです。映画『盆唄』の話にもなるのですが、双葉の盆唄を残そうと尽力している方たちは、盆唄の未来を考えているわけですよね。未来に何かをつなげていくという考え方は、自分の中にこれまでまったくありませんでした。そういう時間軸で物を考えることや、時間の捉え方、視野を持てるようになったというのが、『KIPUKA』を作って変わったことですね。
ーーリアルに感じられる過去の長さは考えることができる未来の長さと同じ。もしも、そういう視野、時間の捉え方を多くの人が持ったとしたら、その人の人生はもちろん、社会全体も変わりそうな気がします。