新宿のホストが体験した“本当にあった心霊話” ― 体を揺らす真紅のワンピースの女

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※当記事は2018年の記事を再編集して掲載しています。

作家・川奈まり子の連載「情ノ奇譚」――恨み、妬み、嫉妬、性愛、恋慕…これまで取材した“実話怪談”の中から霊界と現世の間で渦巻く情念にまつわるエピソードを紹介する。


 20年以上前のこと。当時18歳だった鈴木芳樹さんは年齢を偽って新宿のホストクラブで働いていた。店の近くのアパートを同い年の同僚と家賃を折半して借りて2人で住んでいたが、酔いつぶれて店内で眠ってしまうことも多く、すると起きた途端に店の掃除をするはめになった。眠る長さによっては、掃除が済んでも店で開店の時刻までダラダラしていた方がラクだったから、アパートに帰らない日も多かった。

 アパートを共有している同僚とは、お互いに「ヨシキ」「カズヤ」と源氏名で呼び合いながら仲良くやっていた。法律ではまだ飲んではいけないことになっている酒を飲んでいる者同士、新米ホスト同士、同病相憐れむといったところで、深い話はしなかったが、気持ちは通じ合っていた。

 店に来る女性客には風俗嬢が多く、若いヨシキこと鈴木さんとカズヤのウケは悪くなかった。隠しきれない初心なところが可愛いと思ってもらえるようだった。相棒のカズヤの方が女慣れしていて、器用に金を引っ張っていた。鈴木さんはカズヤを羨ましく思いつつ、女性に恨まれるのが怖くて金を出させる段になるとどうしても遠慮がちになった。

 女性の恨みを恐れた理由のひとつは、勤めているホストクラブに女の幽霊が出ることにあった。

 働きだした頃、鈴木さんは店で居眠りすると必ず赤いワンピースを着た女の夢を見ることに気がついた。

 普通の夢は、目が覚めると「夢を見た」という曖昧な感触だけを残して、あらかた内容を忘れてしまうものだが、このホストクラブで眠ったときに見る夢は起きても消え去らなかった。

 むしろ日増しに赤いワンピースの女の像が描き足されてはっきりしてくる。

 しかも寝れば必ず夢を見た。見ないということがないのだ。

 夢に出てくる女は毎回、同じで、身に着けている衣裳にも変化はない。真紅の袖なしワンピースで、店の客に多い、夜の女性のような気がする。髪や肌の美しさから歳が若いことが推測できる。

 綺麗な女だな、と、鈴木さんは思った。だからそんなに怖くはないが、何度も見るうちに不思議な気がしてきて、カズヤに打ち明けてみたのだった。

 すると驚いたことに、カズヤも同じ夢を見ていた。

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 そこで2人で先輩ホストに相談したところ、先輩は新人2人がいつ言ってくるか待っていた雰囲気で、「おまえらも?」と応えた。

「この店にいるホストは全員それ見てっから。夢で見るのがほとんどだけど、実際に見えるのもいるよ。霊感があると見えるらしいよ」

 先輩によると、赤いワンピースを着たその幽霊は店に取り憑いているとのことだった。常に店の中にいるのだという。

「店から出ていくことはないみたい。おまえら霊感なさそうだから、居眠りしなけりゃ大丈夫。ま、見えても平気だし。すぐ慣れる」

 鈴木さんは、そんなものかと納得した。

 幽霊だろうが不思議な夢だろうが、何べんも見せられたら慣れてしまうのは当然だと思われた。「ですよね」とカズヤもうなずいている。

「じゃあ、全然怖くないですね」

 カズヤは笑顔で言った。しかし、鈴木さんはこれには同調できなかったのだ。赤い女がこの店に憑いている理由を想像すると恐ろしかったから。

 そして、カズヤは怖くないのだろうかと疑問に思ったが、口に出すことは出来なかった。

 鈴木さんは、ホストになってから、1日が24時間ではないように感じていた。たぶん、この店が真夜中の12時に開店して朝の7時に閉店するからだろう。店で眠り込んでしまうと、余計にわけがわからなくなって、昨日も明日もない、薄暗い時間がだらだらと繋がっている心地がするのである。

 カズヤは、日増しにホストらしくなっていった。風俗嬢を追い込んで店で散財させるのが巧みになり、店の外でも貢がせるようになった。精悍な顔つきになり、近頃では、いっぱしの悪い男に見えないこともなかった。

 カズヤとは対照的に鈴木さんは入店したときから良くも悪くも変わらずにおり、自分はあまりホストに向いていないと自覚しはじめた。

 真夜中に始まって日が昇ると終わる日々にも、徐々に疲れてきた。

 昼近くなってもアルコールが体から抜けなくなり、このままではいずれ肝臓を壊すだろうと予感した。しかし酒を飲まないわけにはいかない。

――そんなある日の朝、閉店後の店内で眠っていたら、いつもとは違う夢を見た。

 自分はどこか高い所にいる。夜明けが近い薄明の空が頭上にあり、薄汚れた都会の景色が遠くまで広がっていた。足もとに目を転じると、自分がビルの縁に立っていることがわかり、はるか下にアスファルトで舗装された道路が見えた。と、思った途端に飛び降りて、真っ逆さまに墜落していく。あっという間に路面が目の前に迫り、今しも地面に衝突すると思った瞬間、耳もとで女が鋭く叫んだ。

「あんた! わかってんでしょ!?」

そこでハッとして目が覚めた。

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 隣の長椅子でまだ寝息を立てているカズヤをそのままにして立ちあがると、厨房から調理係のアントニオが顔を覗かせた。アントニオはフィリピン人で、笑顔を絶やさない陽気な性格なのだが、それが、いつになく硬い表情をしている。

「ヨシキさん、起きた? カズヤさんは?」
「まだ寝てる。今何時?」
「お昼の12時。ワタシは食材を持ってきたんだよ。仕込みもやっておこうと思ったから、まだ早いけど、さっき来た。そのときお店が騒がしかった。誰かいるのかなと思って見たら……ほらワタシは裏口からキッチンに直接入るでしょう? だからこっちには来る必要がないけど、人の気配がしたから今みたいに覗いたら、女の人がいた
「女の人? いないよ?」
「ううん。いたよ。カズヤさんが担当している女の人。名前は忘れたけど、いちばんよく来る人だよ。ほとんど毎晩来るお客さん」

「ああ。わかるよ」カズヤがえげつなく金を引っ張り出している若い風俗嬢の顔を思い浮かべて、鈴木さんは憂鬱な気分になった。

「その人がカズヤさんの上にまたがって、体を揺らしていたから、最初はセックスしてると思った。でも違った! 怖いよ!」

 いつの間にか、カズヤが目を覚まして、アントニオの話に聞き耳を立てていることに鈴木さんは気づいた。

 アントニオは気がついていない。心なしか青ざめて視線を店の出入口の方に走らせた。

「……ワタシが来てから、ここには誰も出入りしていない。ドアが開けば音がするはず。キッチンからは裏口が見える。あっちも閉まったままだった。でも、ほら、今、女の人はどこにもいないよね? それに、ワタシは初め、もっと大勢の人がいるのかと思った。たくさんの人たちが話しているような音がしていたから。だけどヨシキさんとカズヤさんと女の人だけだった。その女の人は消えた!」

鈴木さんは「例の赤いワンピースの女じゃないの?」とアントニオに訊ねた。

「違うよ。カズヤさんのお客さんだった。毎日来る人。……ああ、カズヤさん、起きたね。ワタシ、たぶんお客さんの幽霊を見たよ!」

 カズヤは暗い目をして、「ふうん」と応えた。そして、「うちに帰る」と鈴木さんに告げた。

「ヨシキは? 帰る?」

 鈴木さんはためらった挙句、「僕はいいや」とカズヤに答えた。

「掃除はやっておくよ。後でサウナに行く。カズヤは帰りなよ」

 なんとなく、今は行動を共にしたくないと思ったのだった。

 カズヤが行ってしまうと、アントニオが「あれは良くない幽霊だよ」と鈴木さんに言った。

「怖い顔をしていたよ。体を揺らしながら、カズヤさんを睨んでいた。カズヤさんを恨んでいるのかもしれない」

「でも、まだ死んでないだろ? 昨日だって来てたんだから」と鈴木さんは返したが、言うと同時に、さっき見た夢を思い出して、厭な予感がした。

 そう。件の女性は、昨夜もカズヤに会いに来た。店を出た直後に自殺して……なんて、まさかそんなことはないだろうと思ったが、そのまさかだった。

 カズヤが泣き腫らした顔で出勤してきて、あの後、警察に呼ばれて事情を聴かれたと言って、鈴木さんに告白したのだ。

 カズヤの上客だった彼女は、店を後にした直後の午前4時頃、自宅マンションの屋上から飛び降りて自殺していた。

 屋上に脱ぎ捨てたハイヒールと一緒に携帯電話が置かれていて、着信履歴が残っていた。最後に連絡した相手がカズヤだったため、警察に呼ばれたのだ。

 鈴木さんは飛び降り自殺の夢を見たことをカズヤに話した。「あんた、わかってんでしょ!?」という台詞まで含めて。

 カズヤの落ち込みようは尋常ではなく、その夜は使い物にならないので帰らされたが、鈴木さんは悪いことをしたとは思わなかった。

 そしてそれから間もなく、店を辞めた。

 カズヤが翌日には平気な素振りで出勤したのを見て、この仕事を続けていく自信が今度こそ本当に無くなったのである。

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文=川奈まり子

東京都生まれ。作家。女子美術短期大学卒業後、出版社勤務、フリーライターなどを経て31歳~35歳までAV出演。2011年長編官能小説『義母の艶香』(双葉社)で小説家デビュー、2014年ホラー短編&実話怪談集『赤い地獄』(廣済堂)で怪談作家デビュー。以降、精力的に執筆活動を続け、小説、実話怪談の著書多数。近著に『迷家奇譚』(晶文社)、『実話怪談 出没地帯』(河出書房新社)、『実話奇譚 呪情』(竹書房文庫)。日本推理作家協会会員。
ツイッター:@MarikoKawana

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