本当にあった「別れた男」のゾッとするほど怖い話! 執念、霊、とぐろを巻く蛇…川奈まり子の実話怪談「再会」
作家・川奈まり子の連載「情ノ奇譚」――恨み、妬み、嫉妬、性愛、恋慕…これまで取材した“実話怪談”の中から霊界と現世の間で渦巻く情念にまつわるエピソードを紹介する。
【三十二】『再会』
――いやと言うほど見慣れた歩き方で、遠くからでも彼だとわかった。
うろたえて辺りを見回したが、公園の遊歩道は狭い一本道で身を隠すものとてなく、さっきまで雨が降っていた黄昏時だからか、人気もない。
すでに顔も見分けられるほど接近している。
ここでクルリと後ろを向いたら、如何にもわざとらしい動きになるだろう。
かえって注目されてしまいそうな気がした。が、言葉を交わしたくない一心で仕方なく踵を返す。
途端に、悪い予感が的中した。
「満奈美ちゃん? 満奈美ちゃんじゃないか!」
パッと目を上げたかと思うと破顔して、大声で呼びかけてくる――その声も笑顔も、昔と変わらない、鈴木健朗のそれだった。
「……お久しぶりです」
「どうしたの? 実家?」
「ええ、まあ。今日これから、あっちに帰りますが」
実家に押しかけられてはたまらない。咄嗟に嘘をついた。3連休の初日に言うには無理があり、口にしてからひやりとする。
「ゆっくりしていけばいいのに。一緒に行ってもいい?」
思わず悲鳴をあげそうになるのを懸命に堪えて、「無理です」と応えた。
「急ぎますので、失礼します!」
早口で告げて背を向けると、とうとう我慢が出来なくなって駆け出した。
「あとで会いに行くよぉ!」
健朗の声を背中で聞いた。
怖い。あれから何年経つ?
別れたのは3.11の直前だった。今日は2017年10月7日だから、6年以上になるわけだ――
佐藤満奈美さんから電話でお話を伺いながら、2年前のカレンダーを確認したところ、その年の10月7日は土曜日で、9日の体育の日を最終日とする3連休の1日目だった。
「連休にはよくご実家に帰られるのですか?」と私は訊ねた。
「いいえ。最近は、年に2回か、多くて3回というところです。実家は福島県郡山市で、私は東京に住んでいて、会社に勤めてますし、子どもがいますから、気軽に帰るわけには……。あのときは、母が盲腸で入院していたので、子どもを連れて帰ることにしたんです」
あのとき。今から2017年の10月7日のことだ。
「母が孫の顔を見たがっていると父が病院から電話を掛けてきたので、やむをえず。本当は別の予定を入れてたんですけど、夫も一緒に3人で訪ねました」
「お子さんはおいくつですか?」
そのときは4歳だったと満奈美さんは答えた。
ならば、2012年か2013年に生まれた計算になる。
しかし彼女は公園で再会した鈴木健朗という男性と「別れたのは3.11の直前だ」と言っていた。
私は一応、「ご結婚はいつ頃でしたか?」と質問した。
「2012年の5月です」と満奈美さんはよどみなく答えたが、急いでこう付け足した。
「夫とは、元カレと別れてから、東京で出逢ったんです」
聞けば、3.11の大震災のときには、すでに満奈美さんは東京に住んでいたのだという。2011年の2月末に、それまで住んでいた郡山から東京へ引っ越したそうだ。
元カレこと鈴木健朗に別れを告げたのもその頃のことなのだろう。
私は「いっぺんにいろんなことが押し寄せてしまったんですね」と述べた。
「ええ、本当に! 転職、引っ越し、3.11……。3月の半ば頃、東京の私のアパートに来るように両親を説得している最中に、たまたま近所のボランティアグループの人たちと知り合って、みんなで車に乗って被災地に行くことになって。今の夫はそのグループのメンバーでした。小学生の頃に郡山に住んでいたそうで、話が合ったんです。それで、もう男の人はコリゴリだと思っていたのに、出逢ってから1ヶ月ぐらいで付き合いはじめちゃいました」
「そしてご結婚されたわけですね。ご両親は喜ばれたんじゃないでしょうか?」
「はい。大喜びでした! 郡山は被災地の中では比較的、被害が少ない方だったとは言っても、あの頃は断水もあったし、父の取引先の人や母の同級生が亡くなったり、行方不明になったり、暗いことばかり続く中で、唯一明るいニュースだと言って……。私は、元カレのことで親にも迷惑を掛けたから、結婚することで喜んでもらうのが、どこか罪滅ぼしみたいな気持ちもありました」
満奈美さんは鈴木健朗の名前を口にするのも厭なのだ、と、このとき私は気がついた。
私は「鈴木健朗さんに……」と敢えてその名を口にしながら訊ねた。
「一体何をされたんですか?」
――幼稚園から高校まで同級生だった鈴木健朗と交際しはじめたのは、24歳のときだった。
高校卒業以降ずっと県外にいた健朗が、突然、家に電話をかけてきたのだった。
健朗は生徒会の連絡網で電話番号を調べたのだと説明していた。健朗と一緒に高校の生徒会役員をしたのは大昔のような気がしていたから、急な電話に驚いた。
何かと思ったら就職相談だった。健朗は、東京で会社勤めをしていたが辞めて帰郷した、今度は地元で就職したいから地元の企業で働いている同級生をリサーチしているのだと述べた。
そういえば、健朗は東京の私立大学に進学したんだっけと思い出しながら、何の権限もない平社員の身分だから役に立てそうにないと言って断ろうとした。
しかし、うまく断り切れず、翌日、会社の近くのコーヒーショップで会った。
……今にして思えば、そのときから迂闊だった。
勤務先を知られてしまった。また、路線バスで通勤できる場所に会社があることから、まだ実家に住んでいることもバレてしまった。
初め、健朗は紳士的に振る舞い、愛想が良く、ファッションセンスも洗練されていて、非常に魅力的に感じた。
彼は生まれつき片足が軽い内反足で、歩き方に癖があったのだが、背が高くて顔立ちも整っているから、そんなことは少しも気にならない。
向こうも積極的で、すぐに付き合いが始まったわけだが、男女の仲になった途端、飲食代でもホテル代でも何でも、こちらが金を払うのが当然のような顔をしはじめた。
そのくせ、態度はどんどん横柄になった。
プライドが高く、命令に従わせることを好み、ちょっとアドバイスなどしようものなら「馬鹿にするな」と怒ってむっつりと黙り込んだ。
それに、一向に就職活動をしている様子が見られなかった。
けれども、別れるのは難しかった。
こちらから別れ話を切り出す。すると、健朗は会社の前で待ち伏せをして、家までついてきた。
だから無視して家に逃げ込み、窓から外を見ると、まだ門のところに佇んでいるのだった。毎回そうだった。つまり、そういうことが何度もあったのだ。
根負けして出ていってあげると、彼は必ず笑顔になる。男でそういう喩えはおかしいかもしれないが、大輪の花が開くような美しい笑顔だった。
……甘いと思われるだろうが、しばらくは情も残っていたのだ。
付き合いだした頃に、高校のときから好きだったと告白されていた。青春時代の良い想い出が蘇ると、次いで、中学生の頃や小学生の頃の爽やかで可愛らしい健朗少年も記憶の底から立ちあがってきて、会っているときは絶えず頭の隅に6歳の「タケちゃん」や12歳の「鈴木くん」がいるように感じていた。
かつて健朗は、素直で頭が良く、誰に対しても親切な、良い子だったのに。
そう思うと、今や性格の悪いダメ男だとわかっていても切り捨てられず……。
2年ばかり、甘やかしてしまった。
転機が訪れたのは、2011年の元日。正月の挨拶に来た健朗が家に居座るという珍事が起きたのだ。
帰ってくださいとお願いしたり、父が説教したり、健朗の親に来てもらったりしたが、とにかく家から出ていこうとしない。
警察に通報したかったが、ご近所の目があるからと母に止められた。
父に頑張ってもらいたかったけれど、父は、腕力に物を言わすのはおろか声を荒げることすら思いつきもしない優しい性質な上、体も声も小さく、説教しても迫力がなかった。
結局、健朗は5日まで家に居座った。
その間、夜は居間の炬燵で眠り、喧嘩を売るでも暴れるでもなく、むしろいつもより大人しく、いっそ朗らかですらあった。
しかし、ここに居るのが当然という態度でいられると、困惑を通り越して不気味に感じた。気持ち悪いのだ。どうしても我慢ができないほどに。
だから、こちらが家を出ていくことにした。
母方の伯母が東京に住んでいて、社員数人の小さな会社を経営していた。幼い頃から、会うたびに可愛がってくれた伯母さんだ。
就活中にうちに遊びに来たときには、本気ではなかったと思うが、「うちの会社はどう?」と言ってくれた。
この伯母にダメもとで相談してみた。
そうしたところ、伯母の会社では、経理と事務を担当していた社員が2月いっぱいで辞めるので、ちょうど代わりの人を探していたところだったことがわかった。
なんと、好運なことに、こちらはずっと経理部で働いてきたのだ。
健朗にバレないように準備を整えた。
正月以降、彼はときどきふらりと家に来て居座るようになっていた。
中途半端に懐いた野良猫のようだった。餌を食べて、炬燵で丸くなる……。
その頃にはもう、健朗が人間の男のようには感じられなくなっていた。
セックスは、1年近く前から、ずっとしていなかった。
強引に求められたことはない。そのせいで、健朗という男がますます理解できなくなった。何を欲しているかわからないのも、彼の厭な点だった。
引っ越しの当日は、郡山駅の新幹線のホームまで、両親がついてくることになっていた。両親と一緒に駅ビルのレストランで昼食を食べてから、新幹線に乗る予定だった。
でも、家を出発する時刻になって、父が玄関を開けたら、門のところに健朗がいたのだ。
父が引き攣った顔でこちらを振り向いただけで、何が起きたか悟った。
それと同時に、今日で終わりにしようと決心した。
表に出て、勝手に入ってこようとする健朗を、門の外まで、黙ってグイグイと胸で押し返した。
途中で、どこへ行くのか訊ねられた。
それには答えず、すっかり門から出てしまってから、「もう会わない。今日で終わり。ここから出ていく」と告げた。きっかり目を見据えて、である。
健朗は何も言わなかった。
3人で車に乗って出発したときも、門の前に呆然と立ち尽くして、こっちを見つめていたけれど――。
「それっきり、2017年に公園で再会するまで、何も無かったんですか?」
「はい。本当に何も。ただ、あのときは、元カレが異常に黙り込んでいて普通じゃなかったので、家に火をつけられるんじゃないかと両親が怯えて、駅ビルで食事するのは止めて急いで帰ってしまって。でも、何も起きていなかったんですって。その後も実家には現れず、道ですれ違うこともなかったそうです」
「震災後にボランティアグループと福島を訪ねたときも?」
「ええ。ただし、偶然出会ってしまうことを恐れていたせいか、滞在中に夢に出てきちゃいました」
「どんな夢ですか?」
「一言で言って、悪夢です! 実家にいると元カレが訪ねてくるんですが、全身ずぶ濡れなうえに、明らかに死体なんですよ。……津波でたくさん人が亡くなったニュースを見てしまったせいで、あんな夢を見たんだと思っていました」
――コンビニエンスストアに宅配便を出しに行った帰りがけに公園を散歩したのは、独りでいる自由を惜しんだからだった。
4歳児はまだ手がかかる。男の子で活発な性質だから、余計に。
しかも、いつもそうなのだが、実家に夫を連れてくると、なぜか父と夫の両方のご機嫌が気になって、気疲れしてしまうのだ。
ここは開成山公園といって、このあたりでは最も大きくて設備が整った公園で、帰郷のたびに訪れている。コンビニに行くには、公園の中を突っ切った方が近い。来るときも園内を通り抜けた。
帰るときは、まっすぐ通り抜けるのではなく、もう夕方だけれど、雨も止んだことだし、園内をひと巡りしようと思ったのだ。
まさか、健朗に見つかってしまうなんて。
走って帰り、すぐに父と夫に事情を説明した。
夫には、とうの昔に健朗の件は打ち明け済みだ。彼は顔色を変えた。
「大変だ。あとで来るって言ったんだろう?」
緊張と不安が声や表情に現れている。もしかすると、この中で最も怖がっているのは夫かもしれないと、ふと思った。
夫は健朗に会ったことがないから、わからないのだ。
喧嘩になったら熱心にジム通いしている夫の方が強いに決まっている。
健朗は、片足を少し引きずっていて、体を鍛えたことはない。ヒョロヒョロしているし、おとなしそうな男だから、実際に見たら、夫は拍子抜けするだろう。
……と、思ったのだが、健朗と何度も向き合ったことのある父が、今にも卒倒するんじゃないかと思うほど青ざめて、驚いたことにガタガタと体を震わせているではないか。
「なんでそこまで怖がってるの? 今はこの人(夫)もいるんだし、また居座ろうとしたら、今度こそ警察を呼ぼうよ? おかあさんが反対するからしなかったけど、あの頃だって通報すればよかった……」
「そうじゃない!」
「えっ? 何?」
「そうじゃないんだよ! ……本当に健朗くんと会ったのか? 間違いなく健朗くんだったか?」
「そうよ? 会話したんだから人違いなんてありえないでしょ!」
父は激しく首を横に振った。
「そんなはずはない! だって満奈美……健朗くんは津波で死んだんだから!」
健朗の死について両親が知ったのは、結婚式の後のことだったという。
つまり震災の翌年だ。
3.11のとき、健朗は海から遠い県中の郡山を離れて、いわき市の沿岸部にいた。3月初旬から親戚の家に居候しており、地震の後になぜか一人で外に出て、津波に呑まれたようだ。郡山の両親が現地に行って探したが、健朗は見つからず、多くの行方不明者のうちの1人になった。
彼の遺体と死因が確認されたのは、震災からだいぶ経った頃だという。
遺体の損傷は激しかったが、傷の大半は死後についたもので、溺死したことは明らかだとされたそうだ。
「おまえたちの結婚式が済んで、こっちに戻ってきて2、3日したとき、突然、健朗くんのおかあさんから電話をいただいて、経緯を知ったんだ。……淡々としておられたよ。魂が抜けてしまったようでもあって、お気の毒だった」
「どうして今まで黙っていたの?」
「ハネムーンに水を差してしまうからね……。おかあさんと相談して、満奈美ひとりと会う機会に伝えることにしたんだが、おまえはすぐに子どもを授かっただろう? 妊娠中には話しづらかった。赤ん坊を懸命に育てている最中も言いづらかった。その後はいつも家族と一緒で、満奈美だけになる時間なんてなかったじゃないか? そのうち、おかあさんが、満奈美から訊かれないかぎり、健朗くんのことは話さなくてもいいんじゃないかと言いだした」
「……そう。わかった。あの人は津波で死んだのね」
だからあんな恰好で夢に出てきたのか、と、合点がいった。
震災後に見た悪夢に現れた健朗。濡れそぼち、髪からも服からも水を滴らせ、ブヨブヨの死体になって、この家にやってきた、あの姿。
「あっ!」
急に怖ろしいことを思い出して、叫んでしまった。
「何? どうした?」
「健朗が来ちゃう! さっき、あとで会いに行くよって言ってたんだから!」
その途端、玄関の方から大きな物音が……。
扉が乱暴に戸袋に叩きつけられる音だ。
悲鳴を抑えられなかった。と、同時に、子どもが泣きながら部屋に駆けこんできた。
「オバケがいるよ!」
すぐに夫が玄関を見にいった。彼に「ここに居て」と言われたから、子どもを抱きしめて、なんとかして不安を抑えようと努めた。
「ママがついてるし、おじいちゃんもパパも一緒にいるから、大丈夫よ」
しかし、間もなく戻ってきた夫の怯え切った顔を見ると、何か悪いことが起きたのだと察するよりほかなかった。
「玄関の三和土が水浸しに……」
全部聞く前に、頭の芯が昏くなって倒れてしまった――
「人間て本当にショックで気絶するものなんですね。映画やドラマの中だけかと思ってました。でも、すぐに意識が戻って、怖がっていてもしょうがないから、夫と一緒に玄関の水を雑巾で拭いたんですけどね」
そう言った満奈美さんの声に笑いが含まれていたので、私は安堵した。
そのときはさぞかし怖かっただろうが、今では安心して話せることなのだ。すべては、もう終わったことなのだ……。
「海水みたいだ、と、夫が言っていました。私は臭いを嗅ぐのがイヤでなるべく口で息をしていたんですけど、確かにあの水は少し磯っぽい臭いがしたので、津波で死んだから海水を持ってきたんだと思いました。あんなに気味の悪い掃除は二度と御免です」
「そうでしょうね。その後は?」
「私たちが帰ってから、父が代々の墓があるお寺に行って、ご住職にお祓いを頼んだそうです。ご住職に家に来てもらったときには母も退院していて、一緒にお経をあげたと聞いています。それからは何事も無いと……」
「満奈美さんは、お祓いは受けなかったんですか?」
「東京に戻った後で、家族3人で清祓(きよはらい)をしてもらうために、近所の神社に行きました」
清祓は、現在一般的には、人や物、場所の穢れを払うお祓いとして知られている。単に「お祓い」と呼ばれることの方が多いが、清祓と称することにこだわる神社もある。皇族ならびに朝廷役人の罪穢を除く京都の大祓が室町末期に中断し、元禄の頃に復活されて清祓と呼ばれるようになったが、明治以降は再び大祓に戻った……などということは、今はどうでもよい。
「穢れを祓ってもらったんですね。帰ってすぐに、ですか?」
「そうもいかなくて、ちょうどあの日から1週間後に。それまでの間、毎晩、息子が赤ちゃんがえりしたみたいになって大変でした! 夜泣きをして、おねしょまで……。それが、神社に行った途端にピタリと治まったから、効き目があったんだと思います」
「お子さんはオバケを見たと言っていたんですよね? どんなオバケか訊いてみましたか?」
「それが……私は絶対それはあの人に決まっていると思い込んでいたので、あえて訊き出そうとはしなかったんですよ」
「まあ、普通そう思いますよね。あの状況なら」
「そうですよ。でも、違ったんですよ!」
「違った?」
「はい。私がいないときに、夫があの子に質問したそうです。そしたら、人間ではなくて、大きな蛇のオバケで、しかも、それがいたのは玄関ではなくて、庭だったんですって。私が帰ってきたとき、子どもは隣の部屋でテレビを見ていました。そして玄関で大きな音がして振り返ったとき、窓の外が視界に入った……すると、そこに蛇のオバケがいた、と……。太い蛇の胴体が庭じゅうを埋め尽くしていたそうです。夫からそう聞いて、私も訊いてみました。すると、僕の体より太い蛇が庭でとぐろを巻いてうねっていた、頭は見えなかったって……」
蛇は水神の化身で、海で亡くなった健朗さんとは水繋がりになる。
また、インタビューの後、満奈美さんが健朗さんの幽霊と遭遇してしまった開成公園について調べたところ、こんな興味深い経緯も見つけた。
開成公園には「せせらぎの小径」という遊歩道がある。ここがまさしく2人が再会した場所なのだが、この遊歩道は郡山市下水道部下水道維持課が管理している。
小径なのに、なぜ、水道部の管轄なのか?
その理由は、この場所に地下部と地上部の二段水路があり、暗渠の排水路を流れる雨水を浄化設備に送り込み、濾過された綺麗な水を遊歩道沿いに造った人工の小川に流しているからだ。
川の浄化のために考えられた仕組みだという。
つまりそこには元々、天然の川があった。
その川の名前は、夜討川。
1588年(天正16年)郡山城をめぐる伊達政宗軍と会津芦名連合軍との戦「郡山合戦」は「夜討川の戦」とも呼ばれる。
血なまぐさい合戦の舞台に、遊歩道と小川が造られたわけだ。
彼の世との境が開きやすい場所だったのかも……。
ましてや2人が会ったのは黄昏の時刻、彼の世と此の世が交錯する逢魔が時。
健朗の執念が彼を束の間、蘇らせたのだろうか。
もちろん違う解釈できると思うけれども、私には、水神さまが彼を憐れんで再会の手助けをしたようにも感じられた。
満奈美さんにとっては迷惑な存在だったに違いないが、健朗も可哀そうな人だと思う。
心残りが、あったのだ。
あきらめがついて、旅立ったのならいい。
その方が、穢れとして祓われるより、いくらか救いがある。
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