三島由紀夫はなぜ割腹自殺をしたのか? 伝説の討論会を映画化した『三島由紀夫vs 東大全共闘』に答え!? 豊島圭介監督インタビュー!

 自らも東京大学出身である豊島圭介監督による映画『三島由紀夫vs東大全共闘50年目の真実』が3月20日から全国で公開される。TBSに保管されていた討論会の映像に、当事者たちのインタビューを絡ませて映画は作られている。公開に先立って、豊島圭介監督から話を聞いた。

©2020映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」製作委員会(ポスター) 豊島圭介監督


 三島由紀夫とは誰か? 東大全共闘とは何か? 若い人たちには説明がいるだろう。

 三島が自衛隊市ヶ谷駐屯地(現・防衛省本省)で割腹自殺を遂げたのは、1970年11月25日。筆者は小学4年生であった。事件の翌日、仲のよかった同級生が「これを見ろ!」と興奮気味に新聞を見せた。そこにあった写真には、無惨に床に転がった、三島の首が写っていた。割腹した後、日本刀による介錯を受けて、首が切り落とされたのだ。この事件は国会でも取り上げられたが、筆者の父は「あれはただの狂人だ。なぜ国会で取り上げる」と訝った。しかし父の書棚には三島の著作があった。

©2020映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」製作委員会


 中学生になってから、死の直前に完成した『豊饒の海』を読んだが、透徹した思考が貫かれており、とても狂人とは思えなかった。『仮面の告白』『潮騒』『金閣寺』『美しい星』『永すぎた春』『美徳のよろめき』などおびただしいほどの名作を残した三島は、ノーベル文学賞候補にまでなった、日本を代表する作家である。これほど理性的な作家が、なぜあのような死を選んだのか。多くの人々と同様、筆者も深い疑問に捕らわれた。

 全共闘の台頭に対して、三島は『反革命宣言』において、「千万人といへども我往かんの気概を以て、革命大衆の醜虜に当らなければならぬ」と記し、学生による民兵組織「楯の会」を結成し自衛隊への体験入隊を行っていた。

©SHINCHOSHA


 三島の自決について、豊島監督は語る。

豊島監督「映画に取りかかる前に、それほど三島に詳しくなかったんで、評伝とか考察を読んだわけですけど、三島はなぜ死んだのかっていう自決の謎に迫る本ばかりで、それしかないと言っても過言ではなかった。だから、それをやってもしょうがないと思ったんです。どうしたって分からないし、なぜ死んだのかっていう疑問に答えるのはやめようと思ったんです。三島はいかに生きたのかっていうことが、描ければいいと思った。討論会の映像を見ると、死ぬ気はまったく感じられませんね。今回、『楯の会』一期生だった人たちにインタビューしたわけですけど、その中で宮澤章友さんは、自衛隊での体験入隊の夜の食事の席で、三島から『秘密を共有するのって楽しいよな』って言われたそうです。最後の決起の時も、仲間と秘密を持って、決行までを精緻に詰めていくのが楽しかったかもしれません。日本をどうにかしなくちゃいけないということも本気で考えていたから、人生そのものが劇的になっていったのかもしれません」

コメント

1:匿名 2020年3月19日 01:16 | 返信

ナレーターが東出なのが気になってしまう

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