母のバラバラ死体を最初に発見したのは犬だった…“母親の変形した投影人生”を末井昭が語る【連載・猫と母】


【連載】猫コンプレックス 母コンプレックス――異色の精神科医・春日武彦と伝説の編集者・末井昭が往復書簡で語る「母と猫」についての話
<これまでのまとめはこちら>

<第5回 末井昭→春日武彦>

■■■■■母親の変形した投影■■■■■

春日武彦さま

 前回の「猫の舌」を面白く読ませてもらいました。猫の舌は薄くて、確かに儚さを感じさせますね。

〈キキ〉と〈たび〉が根元に埋まっているやたら大きくなる木(「キキの木」という名前にしました)は、長さ5センチほどの薄くて小さな葉の常緑樹です。「猫の舌」を読んでから、キキの木の葉っぱが、猫の舌に似ているかもしれないと思うようになりました。

キキの木に登って昼寝をする〈キキ〉

 昨年(2019年)の暮れに亡くなった〈キキ〉は、水をよく飲む猫でした。猫が水を大量に飲むようになると、慢性腎不全や糖尿病などの疑いがあるそうですが、美子ちゃんの両親が住んでいたマンションから引き取った時、すでに水をよく飲んでいたので、そういう性質の猫だと思っていました。

 ぼくが風呂に入ろうとするといつも付いて来て、風呂の戸を開けるとさっと先に入ります。ぼくが風呂の蓋を取ると、待ち兼ねたように風呂のふちから首を伸ばしてお湯を飲もうとするのです。ふちから落ちそうになるくらい屈んで舌をペロペロと上下に動かしていますが、舌先はお湯まで届いていません。

 ぼくが風呂に入って、〈キキ〉がお湯を飲みやすいように首まで浸かって水位を上げると、嬉しそうに(そう思うだけですが)ペロペロペロペロとお湯を飲み始めます。舌の先に付いた水を口の中に跳ね上げるような飲み方なので、満足するまで飲むにはかなり時間がかかります。その間、ぼくは首まで浸かって〈キキ〉がお湯を飲むのを見ています。いつまで経ってもやめないので、そのうちのぼせそうになって来ます。

風呂に落ちそうになるくらい屈んでお湯を飲もうとする〈キキ〉

 それにしても、ピンクの薄い舌が上下に動いているところは、自分が裸でいるということもあって妙にエロチックです。

 飲みやすいように洗面器にお湯を汲んで〈キキ〉の横に置いてあげても、見向きもしません。洗面器だと舌で掬えて飲みやすいと思うのですが、なぜだか垂直方式をやめないのです。体を洗おうとして風呂から出ると、水位が下がってしまいますが、それでも屈んでひたすらお湯を飲もうとしている姿は、何かに取り憑かれたようです。

〈キキ〉は、〈ねず美〉〈タバサ〉〈たび〉のメス猫3匹が、それぞれテリトリーを作っているところに出戻って来て、自分の居場所がなくてかなりストレスがあったと思います。寝るところがなくて、タオル置き場の上やトイレの窓の棧で寝たりしていました。風呂でお湯を飲んでいる時は、他の猫に気を遣う必要もなく、〈キキ〉にとって唯一安らげる時間だったのかもしれません。

〈キキ〉、こんなところで眠ってるの?

 猫の舌の表面は、春日さんの言葉を借りると「凶暴な位にざらざら」しています。〈ねごと〉君はそのざらざらした舌で、春日さんの足首を舐めてくれるそうで、羨ましくなります。ぼくは犬のぬるっとした舌より、猫のざらざらした舌で舐められる方が好きなのですが、我が家には多い時4匹の猫がいたのに、どの猫も舐めてくれたことがありません。

 ぼくがまだ小学校低学年だった頃に飼っていた猫は、ぼくが布団に入って寝ようとすると、枕元にやって来てぼくの頭をペロペロ舐めていました。坊主頭だったので、あのざらざらした感触が直に伝わって来て気持ちのいいものでした。いつまでも舐めているので、舐められながら眠ったこともあります。猫にかじられるという妄想は持ったことがなく、むしろ安心して眠ったものでした。母親が亡くなったあとだったので、母親的なものをその猫に感じていたのかも知れません。

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