母のバラバラ死体を最初に発見したのは犬だった…“母親の変形した投影人生”を末井昭が語る【連載・猫と母】

 母親は浮気相手の男と、ダイナマイト心中したことは第3回目に書きましたが、その死体が発見された次の日(昭和30年12月20日)の山陽新聞に次のような記事が載りました。

――人妻とダイナマイト心中 仲を疑われた隣りの青年――

十九日午前十一時ごろ岡山県和気郡吉永町都留岐の大藤肘曲り山林中にダイナマイト心中を遂げた男女の死体を狩猟者が発見。備前署で検視したところ同町都留岐、工夫、末井重吉さんの妻、富子さん(三〇)と隣りの同所、農業、末井二四二さんの長男、零次君(二二)とわかった。両人はさる十一日夜、家出、同署に捜査願いが出ていた。原因は同署で調査中であるが十一日夕刻、重吉さんが帰宅のさい零次君が遊びに来ていたところから富子さんとの間を疑い、夫婦けんかをしたことから死を選んだものらしい。(筆者注・富子の年齢が間違っていたので訂正してあります)

 山陽新聞に母親のことが載ったことは知っていましたが、それを読んだことはありませんでした。新聞が手に入らなかったからです。それがなぜこの記事を読むことが出来たかと言うと、自分の半生記を書いた『素敵なダイナマイトスキャンダル』(ちくま文庫)が、冨永昌敬監督と東京テアトルによって映画化することが決まり、美術担当の人たちと打ち合わせをしていた折に、母親の心中のことが山陽新聞に載った話をしたら、国立国会図書館に行ってその記事を探してコピーを取って来てくれたのです。

 すごいですね、国立国会図書館は。マイクロフィルムで保存していたそうですが、65年前の地方紙の三面記事が読めるのですから。

 警察の供述調書のような記事ですけど、読むと65年前にタイムスリップしたような気持ちになります。末井二四二さんのことも思い出しました。二四二は「によじ」と読むようですが、みんなは「にょうじさん」と呼んでいました。「肘曲り」というのは、坂道を登って行くと峠から急勾配の下り坂になる所があって、それが曲がった肘みたいだということで、村人たちが昔からそう呼んでいた場所です。母親は家を飛び出し肘曲りから山に入り、零次さんが炭焼きをしていた小屋に何日かいて、死のうかどうしようか思いあぐねた挙句、「ええい、やっちまえ」とダイナマイトに火を付けて、零次さんと一緒に飛び散ったのでした(ぼくの想像ですが)。

 そこは人里離れた場所だったので、ダイナマイトの爆発音は誰も聞いていないはずです。2人が死んだのは、母親が家を飛び出した12月11日の夕刻から、死体が発見された19日の昼までの間なのですが、何日の何時ということは誰も知りません(命日は19日になっています)。

 死体を最初に見付けたのは犬だったそうです。犬を連れて猪を撃つため山に入っていた村人が、犬があまりにも吠えるのでそっちの方へ行ってみると、バラバラの死体があったそうです。クリスマスが近い頃ということもあり、木々の枝に腸がぶら下がったところは、クリスマスツリーのようだったのではないかと想像しています。

 子どもだったぼくは、その現場に連れて行ってもらえなかったのですが、実際はどんな状態になっていたのか見ておきたかったと今は思います。それがトラウマになった可能性もありますが、その記憶が文章を書く何らかの力になったかもしれません。

 映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』は、2018年3月17日に全国公開になりました。音楽は菊地成孔さんと小田朋美さんが担当していて、菊地さんが「主題歌について」というコメントを書いています。

 音楽監督のオファーを頂いたときに、真っ先に閃いたのは、末井さんに主題歌として女優さんとのデュエットソングを歌って頂く事でした。これは、私が知る限り世界映画史上はじめての事ですし、複雑にねじれたマザコン映画(登場する女性──男性の一部さえも──は全て末井さんの母親の変形した投影です)である本作の本質を突く事になり、本作に音楽からのオーラを与え、映画としての霊力的階級を一段階上げると確信したからです。母親役である尾野さんの素晴らしい歌唱によって、「残された子(本人)と母親(女優が演ずる虚構)」という倒錯的な構造にフォーカスが絞られました。この構造が発想された瞬間から、自然に歌詞も曲も出来ていました。小田朋美さんの中期ビートルズ風の素晴らしい管弦編曲も、無限の虚無と愛へのもがき、その葛藤を更に効果的に押し上げてくれました。素晴らしい主題歌だと思います。(「Japan Music Network BARKS」2018.1.18)

 この文章にあるように、ぼくは母親役の尾野真千子さんと主題歌「山の音」(作詞・作曲は菊地成孔さん)をデュエットさせてもらいました。そのレコーディングのため、尾野さんとスタジオに入ったのですが、女優さんといるというより、母親といるような気持ちになったのでした。ぼくの子どもぐらいの年齢の尾野さんをなぜそう思うのか考えてみると、ぼくは老人になってしまったけど、母親は30歳のままでぼくの中にいるからだと思います。もちろん、尾野さんが母親の役を演じるということがあったからですが。

 そのこともあって、菊地さんのコメントに出て来る「複雑にねじれたマザコン映画(登場する女性──男性の一部さえも──は全て末井さんの母親の変形した投影です)」という言葉がずっと気になっているのです。それはあくまでも映画という虚構の中でのことなのですが、現実問題として、ぼくがこれまで関わった全てとは言わないまでも、多くの対象が「母親の変形した投影」ではなかったかと考えるようになったのです。

 母親は3歳下の弟を産んだあと、病院の結核療養棟に入っていました。しばらくは、祖母がぼくと弟の世話をしていましたが、祖母が亡くなって、ぼくと弟は別々の親戚に預けられました。

 母親が家に帰って来た時は、ぼくが小学校準1年生の時でした。準1年生というのは、預けられていた親戚の家が小学校の近くにあったこともあって、幼稚園代わりに1年早く学校に通っていたからです。母親が亡くなったのは、ぼくが正式1年生の時の12月だったので、物心が付いてから母親と暮らしたのは、長くても1年数カ月ということになります。

 母親との思い出は断片的です。覚えているのは、母親はいつも着物を着てお化粧もしていたこと(村でそんな人は他にいません)、母親と一緒に美味しいものを食べたこと(主に魚肉ソーセージでしたが)、男の人が来ると家から追い出されたこと(寂しさと不思議さ)、夫婦喧嘩のこと(第3回で書きました)、授業参観に来た母親が綺麗で目立っていたこと(自慢したい気持ち)、ぼくをいじめる子どもたちを集めて怒鳴り付けていたこと(母親の意外な面)、夏休みの宿題だった図画を一緒に描いてくれたことぐらいです。その絵が県の図画コンクールに入賞して、ぼくは絵の上手な子どもと思われるようになりましたが、母親が手伝ったことは秘密にしていました。

 母親とのことは途切れ途切れにしか思い出せないのですが、母親と零次さんの死体が見付かった日のことはよく覚えています。担任の小林定子先生から「末井君、早く帰りなさい」と言われて、何事かわからないまま、授業を抜けて一人でトコトコ歩いて家に帰りました。まだ陽が陰ってなかったので昼過ぎだったと思います。家に帰ると、村の人や知らない人が大勢集まっていて、まるでお祭りのようで、ぼくはウキウキした気分になっていました。

 その頃、爆発現場では、そこに散らばっている死体をどうするかということが問題になっていました。備前署から来た警官が、死体をその場で焼くことは相成らないと言うのです。それを聞いた(ぼくが預けられていた)親戚のおばさんが、家から桶を持って来て「私が拾って帰る」と言って肉片を桶に入れ始めました。それを見るに見兼ねた警官が、見ていない振りをするということになり、その場で荼毘に付したそうです。

 ぼくはその爆発現場を見ていないので、それらのことはあとから聞いたことです。葬式もしましたが、遺体も遺骨もない葬式で、墓の中には母親の着物の切れ端しか入っていないと聞きました。遺骨はどうしたのか知りませんが、おそらくその場所に埋めたのではないかと思います。2人の体が混ざり合った遺骨や遺灰は、どちらの側も墓に入れたくなかったのではないでしょうか。

 ぼくはのちに、混ざり合った2人の遺骨を入れて末井富子・零次の墓を作ってあげたら良かったのではないかと思いました。どんなに仲が良くても、死んだら別々になってしまいますが、死んだあとも2人が混ざり合っているというのは、素敵なことではないかと思うのです。

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