母のバラバラ死体を最初に発見したのは犬だった…“母親の変形した投影人生”を末井昭が語る【連載・猫と母】

 ぼくが最初に母親みたいに思った人は、小学校の担任の小林定子先生でした。年齢が母親と同じぐらいだったので、すんなりそう思えたのかもしれません。複式学級だったので1年生と2年生の担任でしたが、弁当を持ってないぼくのために、おにぎりを作って机に入れて置いてくれたり、学芸会で「さるかに合戦」の芝居をする時は、猿の役になるぼくのために、ストッキングを縫って猿の尻尾を作ってくれました。

 母親がいない子はぼくだけだったので、可哀想に思って親切にしてくれたのだと思うのですが、自分は特別な子どものように思われていると錯覚していたので、先生が産休で学校を休むと聞かされた時、母親がいなくなった時と同じくらい寂しい気持ちになりました。そして、生まれて来るはずの子どもに嫉妬していました。

 小林先生とは、ぼくが東京に来てからお会いすることもなかったのですが、父親の死がきっかけになって、またお付き合いさせてもらうようになりました。

 父親は晩年、長屋のように繋がった吉永町の町営住宅に一人で住んでいました。そして、その地区の民生委員をされていたのが小林先生でした。

 父親は人前で歌ったりすることが大好きで、「NHKのど自慢」岡山大会の予選会に申し込んだらしく、予選を通過したという手紙が来ていました。父親は大好きな一節太郎の「浪曲子守歌」を歌うつもりでいて、その練習を風呂に入ってしていたら、気合いが入り過ぎたのか心臓麻痺か何かで倒れてしまい、そのまま死んでしまいました。父親の部屋の隣に住んでいる人が、一番までは歌っている声が聞こえたけど、二番は聞こえなかったと話していました。歌いながら死んで行ったのですから本望だと思います。

 民生委員の小林先生は、一人暮らしの老人の家を巡回していました。たまたま父親の所に寄ったら、呼んでも返事がないので心配になり、中に入ってみたら風呂の中で父親が死んでいたそうです。母親の死を最初に教えてくれたのも、父親の死の第一発見者も小林先生なので、不思議な縁だと思っています。

 先生は今もご健在で、先日も電話をかけてくださって「私は来年97になるんよ」と笑っていました。「こっちに帰ったら寄ってな」とおっしゃる声が、ぼくには母親の声に聞こえるのです。

 母親みたいに思った人は小林先生だけですが、「母親の変形した投影」ということでは、付き合っていた女性はもとより、仲の良かった男性にも、飼っている猫にも、自分自身にも投影されているように思います。

 自分の中に母親を感じたのは、ぼくが女装した時でした。

 最初に女装したのは80年代の中頃で、ぼくが発行人になっていた『元気マガジン』という風俗雑誌が廃刊になることが決まり、何を考えたのか編集長が「廃刊記念にみんなで女装しよう!」と言い出し、編集長を始めライターやデザイナーや発行人のぼくまで、総勢5人で女装して最後のページを飾ることになったのでした。

女装する場所は、神田岩本町にある5階建てのビルで、そこは知る人ぞ知る女装サロン「エリザベス会館」でした。3階までは女装関係のショップで、4階に衣装室とメイク室があったと思います。衣装室で各自好みの衣装を選び、その衣装に着替えたらメイク室でメイクをしてもらいます。ぼくは派手目のチャイナドレスを選び、それを着て理髪店にあるような椅子が並ぶメイク室に行きました。メイクをしてくれる人たちは全員女性で、若い人は少なかったと思います。

 女装するときは髭を剃るのが当たり前ですけど、髭を生やしたままでメイクしてもらっている者もいます。何だかぼくらは冷やかし軍団のようで、真面目に女装している人に申し訳ない気持ちになっていました。

 メイクが終わるとカツラを被ります。ぼくはチャイナドレスに合わせてボブっぽいカツラにしました。カツラを被って鏡を見ると、「あれ? この人誰?」みたいな、「ちょっと~、この子可愛くない?」みたいな気持ちになりました。自分の中にいる女性が降りて来たような感じがしました。

 5階が写真を撮ったりお茶を飲んだりするサロンになっていて、4階から階段で上がることが出来ます。「エリザベス会館」は女装して外に出ることが出来ないので、みんなサロンで写真を撮ったりお茶を飲んだりします。ぼくらも階段で5階に上がったのですが、中に髭を生やした人もいるので、サロンのソファーに腰をかけて煙草を吹かしていた女装子さん(女装者のこと)が、ギョッとした顔をしていました。ぼくは「申し訳ないなあ」と思いながらしずしずと階段を上がっていたら、その女装子さんと目が合いました。その瞬間、ニコッと笑ってぼくに会釈してくれたのです。何か、ぼくだけがその女装子さんに仲間だと思われたような気がしました。この時のことが、いつまでもぼくの中に残っていました。

 それから8年ほど経ち、あるパーティーで、今の妻である神藏美子から「女装しませんか?」と突然言われました。女装はだいぶ前に1回だけエリザベス会館でしたことがあると言うと、エリザベス会館が発行している女装専門誌『QUEEN』の表紙写真を撮っていると言うのです。その雑誌のメイクのページに出てもらえないかということで、8年振りに女装することになったのでした。

 撮影は神田から亀戸に移ったエリザベス会館のスタジオでしました。ぼくはセーラー服を着て、メイクをしてもらい、お下げ髪のカツラを被せてもらい、女子高生昭子になりました。メイクの撮影はすぐ終わり、あとはスタジオでいろんなポーズの写真を撮ってもらいました。周りのみんなが「昭子ちゃん、可愛い~」と言ってくれるので嬉しくなりました。

母・末井富子としての私(撮影・神藏美子)

 今考えれば、みんなから可愛く思われて嬉しいということは、みんなから可愛く思われたいと思っているということです。それも「母親の変形した投影」なのかもしれません。

 この女装がきっかけで美子ちゃんと付き合うようになり、美子ちゃんが進めていた「女装者ではない人を女装させて撮影する」というプロジェクトで、ぼくも女装写真を何回か撮られ、女装が楽しくなりました(それはのちに『たまゆら』という写真集になります)。

画像は「Amazon」より引用

 会社では、『パチンコ必勝ガイド』を始めとするパチンコ・パチスロ雑誌が主力商品になっていて、テレビで『パチンコ必勝ガイド』のCMを流すということになり、ぼくが女装して出たりもしました。大阪では、女装子ちゃんたちとカラオケに行ったりもしました。会社の忘年会にも女装で出席したことがあります。

 いろんな場所で、いろんな衣装で女装写真を撮られたのですが、その中に和服で撮った写真があります。それが母親に似ているのです。その写真を復刊ドットコム版『素敵なダイナマイトスキャンダル』のカバーに使ったら、誰も母親の写真を見たこともないのに、みんな母親の写真だと思い込んでいました。

画像は「Amazon」より引用

 自分の女装写真が、母親に似ていることを嬉しいと思いました。それは自分の中に母親がいるという嬉しさでしょうか。母親に会いたいと思えば、自分が和服を着てメイクをして、カツラを被って鏡を見れば、母親のような人に会えます。それが嬉しいのでしょうか。でもそれは、自分が女装した写真を見てオナニーするような(実際そういう人がいるのです)、タコが自分の足を食べるような(ちょっと違うかな)、どうしようもない自己完結に思えるのです。そんなことをしても、母親を失った喪失感が埋まる訳でもありません。

 幼い頃に母を亡くした者は、埋まらない心の空洞を抱えたまま生きなければならないのでしょうか。それもマザコンと言うのでしょうか。

※文中に出て来る「エリザベス会館」は、神田から亀戸、浅草橋と移転しながら41年間営業を続けて来たのですが、2020年2月15日で廃業・閉店となったそうです。お世話になりました。

文=末井昭

1948年、岡山県生まれ。デザイン会社やキャバレーの看板描きなどを経て編集者となり、セルフ出版(現・白夜書房)の設立に参加。『NEW SELF』『ウィークエンドスーパー』『写真時代』『パチンコ必勝ガイド』などの雑誌を次々と創刊する。白夜書房取締役編集局長を経て、2012年に白夜書房を退社。現在はフリーで執筆活動などを行なう。著書に、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(ちくま文庫)、『絶対毎日スエイ日記』(アートン)、『自殺』(朝日出版社)、『結婚』(平凡社)、『末井昭のダイナマイト人生相談』(亜紀書房)、『生きる』(太田出版)、『自殺会議』(朝日出版社)などがある。2014年、『自殺』で第30回講談社エッセイ賞を受賞。2018年、『素敵なダイナマイトスキャンダル』が映画化(監督・冨永昌敬/配給・東京テアトル)。
Twitter:@sueiakira

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