『コロナ禍をどう読むか』編集者に聞く! 人獣共通感染症としての新型コロナとマルチスピーシーズ人類学

ーー大変興味深いです。本書は、8つの対談で構成されていますが、人類学に限らず、それぞれ多岐に渡った内容となっています。

「大前提として、これらの対談は、2020年4月から5月の間に行われたものなのです。この時期は、新型コロナについて圧倒的にわからないことが多く、日本でも緊急事態宣言が発令され、およそ2ヶ月間に渡って社会活動が制約されていました。不確かな情報しかないなかで断定的な物言いをしてしまう人も多くいた中で、『本当にそうなのか?』とツッコミを入れていくような対談を司会の立場から目指しました。

 たとえば、TALK02は、逆卷しとねさんと尾崎日菜子さんの対談ですが、お二人の皮膚感覚をもとに、ソーシャルディスタンスなどの社会政策や隔離政策に対する違和感から私たちがすでに抱えていた生の不安定性についてが語られています。また、TALK03の吉村萬壱さんと上妻世海さんの対談では、誰もが感染者かもしれないという状況がもたらす被害妄想によって多くの人々が国家権力に過剰に依存していく危険性が語られました。実際、世界的な感染拡大が進むなかで、日本でも国民側から早く緊急事態宣言を出してくれ、コロナを無視して外出する人たちを罰してくれというような要望が出てきていましたからね」

画 大小島真木


ーー確かにそうでした。TALK03には、狩猟民というキーワードもありました。

「もともとは吉村さんの喩えですね。私たちは都市に紛れ込んだ狩猟民ではないのか、と。トークではコロナによって噴出した人々の不安は、パンデミック以前からずっと存在した現代社会の異様さにあるのではないか、人間関係や共同体の成り立ちを根本的に問い直さなければいけないのではないかということが語られました」

ーーパンデミック以前から本来なら問題とすべきだったことが、ここにきて顕在化したということですね。

「僕自身もそう感じてます。別に、コロナ禍になってアップデートされたような問題意識などひとつもありませんから。

 TALK04は清水高志さんと甲田烈さんの対談で、ここでは『畏怖』という概念が提示されています。日本は地震大国なので、古来、自然はコントロールできないものとして、畏怖の対象でした。一方、科学は予めシミュレーションをすることですべてをコントロールできると考え、自然を畏れなくなってしまったが、それによってもたらされたのが、パンデミックではないか、という視点です。

 また、TALK05は松本卓也さんと東畑開人さん、ともに精神医学が専門であることから、リモートワークやビデオチャットの使用頻度が高まるなか、特にカウンセリングという現場で身体がそこにあることでこれまで何が担保されてきたのかを解明しています。

 TALK06は、村山悟郎さんと山川冬樹さんという美術家対談で、それぞれの関心領域から、あらためて人間の問題に立ち返っています。特に、山川さんがリサーチされているハンセン病の隔離政策について、政府にも問題はあったけど、当時のハンセン病患者たちを激しく迫害したのはむしろ市民の方であったというお話がありました。警戒すべきは市民、つまり、我々こそが問題の加害者になり得るということでした」

ーーなるほど、感染症が社会的なヒステリックを引き起こすとその歪みの犠牲になる人たちが出てしまいます。ここからさらに深いテーマに踏み込んでいきます。

後編につづく

【刊行情報】

『コロナ禍をどう読むか 16の知性による8つの対話』

画像は「Amazon」より引用

奥野克巳/近藤祉秋/辻陽介 編著
逆卷しとね/尾崎日菜子/吉村萬壱/上妻世海/清水高志/甲田烈/松本卓也/東畑開人/山川冬樹/村山悟郎/辻村伸雄/石倉敏明/塚原東吾/平田周
亜紀書房/2420円(税込)絶賛発売中!

(内容紹介)
ウイルスは「敵」なのか? それとも――?
人類学、哲学、批評、アート、小説、精神分析、ビッグヒストリー、妖怪、科学史……。ジャンルを異にする俊英たちが、コロナ禍が露わにした二元論の陥穽をすり抜け、「あいだ」に息づく世界の実相を探る。刺激的な八つの対話集。刻々と迫りくる感染症と、その対策に奔走する我々。緊急事態宣言下の日本で行われた八つの対談は、未曾有の事態を普遍的な観点から見つめ直す、二つのまなざしが直交する対話の記録である。

(目次)
■ TALK 01 奥野克巳 × 近藤祉秋
「ウイルスは人と動物の「あいだ」に生成する」
■ TALK 02 逆卷しとね × 尾崎日菜子
「接触と隔離の「あいだ」を考える」
■ TALK 03 吉村萬壱 × 上妻世海
「私と国の「あいだ」を/で問い直す」
■ TALK 04 清水高志 × 甲田烈
「既知と未知の「あいだ」の政治」
■ TALK 05 松本卓也 × 東畑開人
「心と身体の「あいだ」を考える」
■ TALK 06 山川冬樹 × 村山悟郎
「隔離され、画像化された二つの「顔」、その「あいだ」で」
■ TALK 07 辻村伸雄 × 石倉敏明
「歴史と神話の「あいだ」の実践」
■ TALK 08 塚原東吾 × 平田周
「グローバルとローカルの来たるべき「あいだ」へ」

(著者紹介)

奥野 克巳(おくの・かつみ)

1962年生まれ。立教大学異文化コミュニケーション学部教授。単著に『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』『モノも石も死者も生きている世界の民から人類学者が教わったこと』(共に亜紀書房)、共著に『マンガ人類学講義』(日本実業出版)など。共訳書にエドゥアルド・コーン『森は考える――人間的なるものを超えた人類学』、レーン・ウィラースレフ『ソウル・ハンターズ――シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学』、ティム・インゴルド『人類学とは何か』(以上、亜紀書房)。

近藤 祉秋(こんどう・しあき)

1986年生まれ。神戸大学大学院国際文化研究科講師。共編書に『犬から見た人類学』(勉誠出版)、論文に「ポプ老師はこう言った――内陸アラスカ・ニコライ村おけるキリスト教・信念・生存」(『社会人類学年報』43号所収)、「赤肉団上に無量無辺の異人あり――デネの共異身体論』(『たぐい vol.2』所収)、”On Serving Salmon: Hyperkeystone Interaction in Interior Alaska” (The Routledge Handbook of Indigenous Environmented Knowledge に所収)、「悩める現代哺乳類のためのマルチスピーシーズ小説――多田和葉子『雪の練習生』を読む」(『たぐい vol.3』に所収、近刊)などがある。

辻 陽介(つじ・ようすけ)

1983年、東京生まれ。編集者、文筆家。早稲田大学政治経済学部中退。大学在学中より出版社に勤務し、2011年に性と文化の総合研究ウェブマガジン「VOBO」を開設(現在は更新停止)。2017年からはフリーランスとなり、『STUDIO VOICE』(INFASパブリケーションズ)、『ヴァイナル文學選書』(東京キララ社)などの編集に携わる。現在、ウェブメディア「HAGAZINE」の編集人を務める。

文=ケロッピー前田

1965年、東京都生まれ。千葉大学工学部卒、白夜書房(のちにコアマガジン)を経てフリーに。世界のカウンターカルチャーを現場レポート、若者向けカルチャー誌『BURST』(白夜書房/コアマガジン)などで活躍し、海外の身体改造の最前線を日本に紹介してきた。その活動は地上波の人気テレビ番組でも取り上げられ話題となる。著書に『クレイジートリップ』(三才ブックス)、『クレイジーカルチャー紀行』(KADOKAWA)、責任編集『バースト・ジェネレーション』(東京キララ社)など。新刊本『縄文時代にタトゥーはあったのか』(国書刊行会)絶賛発売中!

公式twitter:@keroppymaeda

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