「月面にモノリスを建てるぐらいサクッとできるんじゃないか」金属彫刻家MADARA MANJIの飽くなき探求心と終わりなき挑戦(後編)

 金属を木目状に加工する伝統技術「杢目金」を用いた立体作品を精力的に発表し、昨今、世界的に注目を浴びつつある金属彫刻家MADARA MANJI。

 新進気鋭の現代美術家が、作品を通して表現する世界観とは? 現代アートに魅せられた理由とその可能性について。同氏が「すべての原動力」と断言する”想像力”と”探究心”をテーマに、現在のスタイルに至った経緯から今後目指す場所までを徹底取材した。

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撮影:AKIKO BUSCEMI

言語に頼らず感覚に訴える行為こそが本物の表現

 昨年夏、アメリカを代表するアーティスト、リチャード・セラが手掛けたインスタレーション『East-West/West-East』を見るためにカタールまで足を運んだというMANJI氏。砂漠の真ん中にモノリスを模した4本の巨大な彫刻が並ぶ光景から、彼は何を感じたのだろうか? 作品をどのように解釈し、どうあるべきだと考えているのか。MADARA MANJIのアート論とは。

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リチャード・セラがドーハの砂漠で行っているインスタレーション「East-West/West-East」 画像は「Qatar Museums」より引用

MADARA MANJI(以下、MANJI)  普段からいろんなところへ作品や展覧会を見に行ったりするんですけど、セラの大型インスタレーションが砂漠のど真ん中で公開されたって話を聞いてから、ずっと行ってみたくて。国内で触れられるアート作品にも良いものはたくさんあるけど、海外はもっとすごくて桁も次元も違うんです。日本じゃ体感できないようなアート作品があるなら行くっきゃない! ということで、昨年念願叶って現地まで行ってきました。

 実はこのときにものすごい勘違いをしていたんですけど、『East-West/West-East』がどこにあるのか全然調べてなくて。「アメリカのどっかの砂漠にあるんだろう」ぐらいに思っていたので、当初はアメリカに行くつもりで計画を立てていたんです。直前になってカタールにあることに気がついて、慌てて中東に向かいました。ずっと作品についての情報をシャットアウトしていたので、盛大に勘違いしていましたね。危うくアメリカまで行って、何もない砂漠を彷徨うところでした(笑)。

 リチャード・セラは個人的にも大好きなアーティストなんですけど、実際に見るまで、詳しいことは知らないままにしておきたかったんです。作品のコンセプトやどんな環境にあるのかはもちろん、写真なんかも見ないようにして、極力情報に触れないようにしていました。世界屈指と言われるアーティストが手掛けたアート作品を見に行くなら、何の先入観もないまま、作品を前にしたときに自分が何を感じるか試してみたくて。

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撮影:編集部

ーー予備知識を入れないようにしていた理由は、やはり作品の価値はひと目見たときのインパクトや印象に左右されるという考えのもとですか?

MANJI  俺は特にアートが好きなので、余計にそう感じるのかもしれないですけど、表現ではなく、説明的になってしまっている作品に対してすごく苦手意識があるんです。説明と表現はまったく別の行為だと思うんです。アートにおいて言語も重要な要素ではあるけれど、言論が先にあってそれのみで完結するものは表現ではない。作品を通じて知覚に訴えかけたり、想像力や思考を想起させて、見る人に何かを問いかけたりするのがアートだと思う。これがいわゆる「現代アートは体感するもの」って言われる由縁なんだと思います。

 その点、『East-West/West-East』はマジですごかった……! もう本当にあのね、現地まで見に行ってよかったです。これが世界最先端の現代アーティストが作り出す作品かと。彫刻自体ももちろん良かったんですけど、作品がある種のトリガーとして機能していて、周辺の気候や地形といった自然が引き起こすさまざまな現象や砂漠、それもわざわざカタールに建っている理由とか。タイトルの意味や中東の歴史が見事に紐づけられているんです。

 作品という物質を起点として、目に見えない領域下の因果関係が生み出す構造論や新たな意味合いが体感できる作りになっていて、これこそが現代アートだと思いましたね。まさに人間にしかできないことで、あれはもう最高! 活動を続ける限り、こういう世界で挑戦していけるのかと思ったら、久しぶりにこの道を選んでよかったなぁと心底思いましたね。

即効性のある引力と未知なる感覚が共存するアートの面白さ

ーーアートの世界では、何をもって作品を評価するべきか、わかりやすさは作品の価値になり得るのか? といった論争がたびたび巻き起こりますが、MANJIさんはどのように考えていらっしゃいますか。

MANJI  非常に難しい問題なので、もしかしたら今後考え方が変わっていく可能性もあるんですけど、俺はアートは難しくて当たり前だと思っています。そもそも、特に現代アートと呼ばれるものは、目に見えない領域のものを物質を用いて可視化させたり、知覚可能な状態にすることを目的としているので、その作品の内側には膨大な情報量が詰まっていて、一瞬ですべてを理解できるようなものではないんです。

 概念的なものや学術的なもの、そこには構造論が潜んでいたり、もしくは関係性を示唆しているのかもしれないし。作品というのは、非物理的な何かを指し示すアイコニックな存在であるべきだという持論があるので、まだ誰も到達し得てない未知のゾーンを体現できていればいるほど、複雑で難解にはなるけれど、今まで体感したことのない何かを感じさせてくれる良いアートなんだと思います。

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撮影:編集部

MANJI  現段階でまだ誰も体感したことのないゾーンの非物質的な何かを作品で表現することができたとしたら、それって感覚的な世界における超最先端ということになるじゃないですか。最新の再生医療テクノロジーや塗装技術とか、そういった専門的な知識って3分で学べるものではないですよね。

 人類史っていうのは、不可能を突破し続けた結果だから、その積み重ねにはものすごい情報量があって、時間軸で考えても今が最も複雑な状態なんだから、この先に立つものはさらに難解で高度なものになるだろうと思っています。

ーー複雑さというのはある種のストレスにもなり得ると思うのですが、その点はいかがでしょうか。

MANJI  ちょっと余談ですが、アシスタントが量子力学についてよく調べていた時期があって、一度解説してもらったことがあるんですけど、途中で向こうが「これ以上説明するのはもう無理」って匙を投げたんです。ガッカリして、結局わかんないんかい! って言ったら、彼はそうだね〜って笑った後に、ボソッと「もし仮に、ズブの素人にたった30分で量子力学のすべてを教えることができるような理解力を俺が持っているのであれば、今ごろ教授か何かになってるよ」って。そのとおりじゃないですか。あらゆる学問って、やっぱり理解するのには非常に労力を要するものなんです。

 対人関係も同じで、出会って3分で相手のことを全部わかった気になったとしたら、それは勘違いだと思う。人間が持ってる情報量ってそれぐらい複雑なもので、下手したら一生かけて誰かと時間を共にしたって、最後は相手のことを「まぁ俺は良い奴だと思ってたよ」ぐらいにしか言えないみたいな。その複雑さが人間らしさなので、アートっていうのは簡単にわかってもマズいんです。

 ただ、それじゃ誰も興味を持たないから、0.2秒でオーディエンスを惹きつけるような、即効性のあるインパクトは必要で。その引力と、どこまで追っても追い切れないであろう奥深さのコントラストが現代アートの面白い部分だと思っています。

目指すのは誰も体験したことのない未知のゾーン

 芸術性とは、一瞬で見た人に衝撃を与えるわかりやすさと、複雑さが奇跡的なバランスで共存することであると断言するMANJI氏。そして、今回のインタビューのテーマである想像力と探究心は未知の分野にこそ向かうべきだという。話はいつの間にかNASA(アメリカ航空宇宙局)の話題にーー。

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撮影:編集部

MANJI  NASAはまだ発見されていない天体を探したり、観測されていない現象を調査したり、未知に対する研究をずっと行っていますよね。たとえ既知のものでも、どこかにまだ未知の理論性があるんじゃないか、因果関係が隠れているんじゃないかと長年調べ続けている。

 それこそ、新感覚を得るためにまだ誰も到達したことのない深さまで深海に潜るような、限りない好奇心の話ですよね。これが、想像力と探究心が向かうべきゾーンだと考えています。

――ご自身の活動においても、そういった方向性を意識することはありますか?

MANJI  未知なる新感覚を体感できる次元を目指していますね。俺はNASAのように新しい星を発見したり、月に行ったあと今度は火星に行ってみてーなとか、そういう感覚でまだこの世で誰も作っていないアート作品を作り出したい。

 ただ、これはある種の問題も孕んでいて、もしそういう作品を作ることができたとしたら、その途端に既存の感覚値のものになるじゃないですか。たぶん、俺は完成したその日のうちに、その作品に興味を持てなくなると思うんです。未知を求めて挑戦しているわけだから、それが既存のものになった瞬間、そこから新しい未知が生まれて、今度はそれをさらに追っていくっていうことを繰り返していくような気がします。

 NASAが月面着陸に成功した後、気が済んで解散したのではなく、次はもっと遠い星を目指したように、きっと人間の欲求は尽きることがないんです。それは自分にも当てはめることができるわけで、俺はアーティストとしてそういうことがしたいんです。

 今の自分じゃ手の届かない未知に挑戦して、いつか突破することができたら、その向こう側を目指して……っていうこと繰り返していきたい。だから、作品を作るうえで何かを終わらせたいとか、達成したい目的みたいなものは実はなくて、それより常に進んでいきたいっていう思いしかないっすね。

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撮影:編集部

――ご自身の活動にも満足したことがないという感じですか?

MANJI  ないですね。子どものころからものを作るとかって行為が苦手で、このアトリエもそうだし基本的に作家活動全般が大っ嫌いなんです。面倒くさいことが多いし、難しいことばっかりだし、やってて楽しいとか快適って感覚はほとんどないです。むしろその逆が多くて、達成感や満足感は欠片もないけど、悔しさや不満は常に感じています。

 だから、動機が楽しくありたいとかだったら最初からこの道は選んでないんです。新感覚の向こう側を目指して活動を続けていくなかで、自分は一体何にタッチできるのか、どんなことを体感できるのか。それだけがもう気になってしょうがないから、過程や結果には興味がないんです。別にそれが楽しくて快適なものでもいいと思うし、過酷で何かを失う過程だったとしても全然アリ。

 そりゃしんどいときもあるし、アーティスト活動っていうのは博打じゃないけど、安定した生き方でもないので、正直キツい場面も多くて。でも、別に豊かなものでも寂しいものでも楽なものでも何でもいいっすね。あんまりそこに興味はないんです。

 現段階ではまだ人類が体感し得たことのない何か。それが一体何なのか想像さえつかないけれど、誰もまだ踏み入ったことのない感覚を物質に落とし込んで表現することができたとしたら、それは本当に素晴らしい作品になると思う。

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撮影:編集部

MANJI  『East-West/West-East』には度肝を抜かれたけど、現代アートの世界に身を置くのであれば、既存の概念を超えることを目指していかないと。それを達成したときに、世界一だと胸を張って言えると思うんです。ライト兄弟は空を飛んだ点においてナンバーワンでしょ。初めて月に行った宇宙飛行士も新しい数式を発見した数学者も、最初に何か特別な感情を抱いた人たちも全員がそうだと思う。自分も芸術という分野でそういうことを実践していきたいんです。

――MANJIさんの場合は、何を以て自身が未知の境地に辿り着いたことを確信することができると思いますか。

MANJI  アートの価値ってすごく難しくて、売上や知名度とか、人によって違うと思うんですけど、俺は完全に主観ですね。リチャード・セラを超える作品を作れたとか、一歩先を行く作品を生み出すことができたという確信が持てれば、そのときに越えたと思えるはず。

 でも、未知のことってタッチした瞬間に既知になるから、いくら追求しても永遠になくならない課題なのかもしれないです。皮膚の外側には宇宙っていう無限があるけど、一方で内側には想像力という無限があって。想像力と探究心がある限り、いつまでも終わることなく、続いていくような気がしますね。だからこそ、面白いんです。

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撮影:編集部

ーー最後に、今後の活動について。今考えている計画などがありましたら、ぜひお伺いさせていただきたいです。

MANJI  やりたいことはいくつもあるんですけど、そのひとつに月面に自分のアート作品を建てたいという願望がありますね。

 ランド・アートと言って、特定の土地に作品を設置する美術のジャンルがあるんですけど、俺は「人間とは何か?」をテーマに作品を作っているので、人間の活動領域のあちこちに人間性のアイコンとして自分の作品を建てまくりたい。人類が月面に足を踏み入れたことがあるのであれば、月にも作品を建てたいんです。

 たとえば、『モナ・リザ』ってアートの代名詞的存在で、知らない人はそんなにいないと思うんですけど、俺は実物を見たことがないし、実際原物を見たことがある人って結構少ないと思う。やっぱりアートってそれぐらい認知されづらい業界なんですけど、月は世界中の80億人全員の視界に入るじゃないですか。

 作品を確認するには高性能な天体望遠鏡が必要とはいえ、すべての人間が視界に入れたことのあるアートはまだこの世に存在していない気がして。人間を象徴するアート作品が、われわれが拡張した活動領域の月にまで設置されていて、全人類が視認することになる作品とか俺はすげーやりたい!

 こういう話をすると、いろんな人に無理だとかよく言われるんですけど、大金さえあれば叶う話なら余裕じゃないですか。むしろ、たった数百億円でこのプロジェクトのスポンサーにつく人がいたとして、その利益を考えたら全然あり得ない話じゃないと思う。この記事がきっかけになって突破口が開けるかもしれないし、未知の挑戦をしたいと思った人がいたらぜひご連絡ください。誰もやったことのないことを一緒にやりましょう。

 案外、これぐらいのことならサクッとできるんじゃないのかな。この程度のことは、できないんじゃなくて、実現するには相当な努力と運が必要っていうだけの話で、決して不可能なんかじゃない。かといって、月面にモノリスを建てることが最終目標なわけではなくて、こんなのアイディアのひとつに過ぎないので、やりたいことは全然尽きない。俺は想像力と好奇心に従って、どこまでも挑戦し続けていきたいです。

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「Ambivalence #11「 奥にある扉の向こう側 」」(2022年) 撮影:AKIKO BUSCEMI

 

【MADARA MANJI展覧会情報】
グループ展
『Synergy』
【開催期間】2023.08.02 wed. – 08.13 Sun. 月曜日定休 11:00 – 19:00
【会場】YOD TOKYO
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前4-26-35
http://yoded.com/
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■MADARA MANJI
京都の職人に弟子入りし金属加工の基礎技術を学び、数年間の修行の後に独立。独学で杢目金の技術を習得し、その技術を用いた立体作品の制作を行う。
Twitter:@MadaraManji
Instagram:@madara_manji
HP:金属彫刻作家まだらまんじ. MADARA MANJI official Web site

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文=浅香麻亜弥(トカナ編集部)

1993年生まれ、東洋大学インド哲学科卒。不思議なこととお酒と猫が好き。アンダーグラウンド・カルチャーにまみれながら、日々修行中。 TOCANA|UFO、心霊、予言など未知の世界の情報を発信、好奇心と知的欲求を刺激するメディア
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