“賢者の石”の製造に成功し不老不死となった!?『ニコラス・フラメル』は690歳を超えて今も生きるのか

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 不老不死を成し遂げた人間がどこかにいるのだろうか。人目のつかぬ場所に隠遁し、今もその永遠の命を灯し続けている不老不死人間ははたして実在するのか――。

■夢に出てきた「アブラハムの書」の解読に生涯を捧げる

 映画『ハリー・ポッターと賢者の石』の登場人物である謎の錬金術師、ニコラス・フラメルは実在の人物であったことでも知られている。

 劇中では“賢者の石”の製造に成功し、その結果不老不死となり660歳を超えてなお健在であったニコラスだが、実在したニコラスのほうも賢者の石を作り出すことに成功していたかもしれないというから興味深い。そしてもし作り出した賢者の石を持ち続けているのであれば、ひょっとすると今もどこかで生きているのかもしれないのだ。

 ニコラス・フラメルは1330年に生まれ、パリに住み、古書売買と出版業に携わっていた。彼はパリに2つの小さな書店を持ち、1368年にペレネルという女性と結婚している。

 その人となりはきわめて平凡な人物であり、実際に生前のニコラスが話題になるようなことはなかった。

 記録ではニコラスは1418年に88歳で亡くなっているが、彼が話題になりはじめたのは死後からだ。ニコラスは商売のかたわら錬金術の研究に生涯を捧げていたことが判明し、ひょっとすると賢者の石を作り出すことに成功し、その副産物として不老不死の肉体を手に入れていたのではないかという話が囁かれはじめたのである。

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ニコラ・フラメル Balthasar MoncornetÖsterreichische Nationalbibliothek, パブリック・ドメイン, リンクによる

 すべての発端は、ある夜にニコラスが見た夢に起因する。

 夢に出てきた天使は、ニコラスに一冊の本を見せて次のように話すのだった。

「この本をよく見てください。あなたもほかの人も最初は、書かれている内容をまったく理解できません。しかしいつの日か、ほかの人には見えないものがそこに見えてくるでしょう」

 夢の中でニコラスはその本に手を伸ばしたが、本に触れる寸前に目が覚めてしまった。その後数日の間、夢に出てきた本のことが気になっていたニコラスだったが、彼の書店に見知らぬ男がやって来たことで意外な展開を見せることになる。

 店にやってきた男は一冊の古書を差し出し、ニコラスに買取ってくれるように願い出たのだった。見せられたその本は、なんと先日ニコラスの夢の中に出てきた本とまったく同じものであったのだ。

 ニコラスは二つ返事で男からこの本を買取った。もちろん売るためではなく彼自身が読むためである。

「アブラハムの書(Book of Abraham)」というタイトルの古びた表紙のその本は、不可解なシンボルとデザインの物々しい装丁で、本をを開くと「王子、司祭、レビ、占星術師、哲学者であるユダヤ人のアブラハム」によって書かれたものであることがわかった。

 さらにページをめくると、本書は読むに値しない人間が読むと呪われるという警告が記されており、さらに謎めいたテキスト、デザイン、イラスト、図、記号のページが続き、本文は古代ギリシア語や古代ヘブライ語をはじめ当時のニコラスが理解できない言語で書かれていて内容を把握することはまったくできなかった。

 しかしイラストや図を見る限り、この本は錬金術に関係したものであることはすぐにわかった。そしてこの日から、この本を解読すべくニコラスの執拗な学究の日々がはじまったのである。

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 伝えられるところによると、ニコラスはこの「アブラハムの書」の解読を人生を賭して行うワイフワークであると位置づけ、翻訳と解読に自分が費やせるすべての時間を投じ、解読の手掛かりになるものならパリ中を探しまわって何でも手に入れたのだった。

■スペイン旅行で転機が訪れる

 解読作業に21年を費やした時点で、本の内容のアウトラインが徐々に浮き彫りになってきたものの、それでも完全に理解するにはまだほど遠い状態であった。

 業を煮やしたニコラスは、当時多くのユダヤ人亡命者が住んでいたスペインへの旅に出ることにした。スペインにいるユダヤ人たちから何かヒントが得られるのはないかと考えたのだ。

 スペインへの旅行中にニコラスはユダヤ人の学者であるマエストロ・カンチスという賢人に接触することができた。

 カンチスはこの本はずっと前に前の持ち主が紛失したものであり、書かれている秘密のために運命づけられた人の手に渡るものであると説明した。

 賢人はニコラスが持ってきた「アブラハムの書」の数ページを翻訳した後、残りの部分を手伝うために彼と一緒にパリに戻ることに同意した。不運なことにカンチスは翻訳を完成させる前に亡くなってしまったのだが、この時点のニコラスは自分で解読を続けるのにじゅうぶんなスキルを獲得していたのだった。

 伝えられるところによると、ニコラスは翻訳を完了するのにその後3年を費やし、その過程でその強力な魔法の力を解き放ったといわれている。

 その1つは錬金術である。彼は錬金術を習得し伝説の“賢者の石”を作る秘訣を学んだと言われている。錬金術は鉛や水銀などの卑金属を金などの希少金属に変える秘伝の技法だ。

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パリ市内のサン・ジノサン墓地に寄進した錬金術の寓意図(18世紀に取り壊されたレリーフの模写) パブリック・ドメイン, リンク

 興味深いことに、この時期になるとニコラスは突然、不可解なほどに富裕になっていたという。彼と彼の妻はさまざまな慈善事業に巨額のお金を寄付するようになり、教会にも寄付をするようになっていたのだが、このお金のすべてがどこから来ているのか誰にもわからなかった。フランスのシャルル6世は、突如富裕になったニコラスを疑い職員に財政状況の調査を命じたが、この富を説明できるものは何も見つからなかったという。

 そして住民台帳の記録上はニコラスは1418年に88歳で亡くなり、それからはニコラスの話をする者は誰もいなくなる。

■ニコラス・フラメルは今もどこかで生きているのか

 17世紀初頭、ニコラスの子孫にあたるデュボアという男が、ニコラスの秘密のいくつかを継承し、鉛から金を作ることができたと主張した。これを聞きつけたリシュリュー枢機卿はデュボアからその秘密を入手しようとし、最終的にはデュボアを投獄して「アブラハムの書」を没収した。しかし枢機卿には本の内容を何ひとつ理解することはできず、本を放り出し、その後本の所在は不明になったという。

 同じく17世紀には、ニコラス・フラメルの錬金術の技能についてさまざまな著作が突然として登場しはじめ、ニコラスが書いたとされる著作も登場して話題となった。いわば“錬金術ブーム”に湧く中で、中世の知の巨人、アイザック・ニュートンですら研究日誌『カドゥケウス、フラメルのドラゴン』の中でニコラスの錬金術について言及していたほどだ。

 すでに故人であるはずのニコラスだが、17世紀になってからもまことしやかな目撃情報が報告されるなど、賢者の石を作成し不老不死の技法を編み出した彼は今もどこかで生きているのではないかという“都市伝説”が噂されるようになったのである。

 ニコラスがトルコで目撃されていることから、ルイ14世が調査団を派遣してニコラスを捜索する事態にまで発展した。調査団を指揮していた考古学者のポール・ルーカスは、その期間中にある哲学者から、ニコラスと彼の妻は賢者の石を使って不老不死の秘術を活用したのだと知らされたのである。

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 この哲学者によると賢者の石の秘術があれば、人は何千年も生きることができるという。ニコラスと彼の妻の両方が不老不死を達成し、彼ら自身の死と葬式を偽装し、そしてインドに移り住み今も存命であるというのだ。

 ニコラスは本当に死を克服して今も生き永らえているのか? もちろんそれは本人と彼の妻以外には誰にも知り得ない。なぜなら証言できる者の寿命が先にやって来てしまうからだ。

 ニコラスはさまざまなフィクション作品で言及され、現代のポップカルチャーへの道を歩み、ベストセラー小説『ハリー・ポッターと賢者の石』とその映画化作品に登場し、その後何世紀にもわたって錬金術の世界のアイコンであり続けている。スピンオフ映画『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』(2018年)に登場したニコラスも話題になった。

 ニコラス・フラメルは確かに実在の人物であったが、不老不死の技法を見つけ出した卓越した錬金術師であったのかどうか、今のところは誰にもわからない。しかしニコラス・フラメルが死後、歴史上に名を残した人物であることは間違いない。ニコラスが今もどこかで生きているのだとすれば、その年齢は実に694歳となる。そのあまりにも壮大なスケールの物語には眩暈を禁じ得ない。

参考:「Mysterious Universe」ほか

 

※当記事は2021年の記事を再編集して掲載しています。

文=仲田しんじ

場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター @nakata66shinji

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