タイタニックより遥かに惨い… 歴史から忘れられた「最悪の海難事故」7選

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 1912年のタイタニック号沈没事故。映画化もされ、悲劇の代名詞として我々の記憶に刻まれているが、この事故は「氷山の一角」に過ぎないと言ったら驚くだろうか。

 タイタニックは、少なくとも沈没までに数時間の猶予があった。しかし、世界の海には、瞬きする間に火の海と化し、あるいは冷たい海底へと引きずり込まれ、タイタニックを遥かに凌ぐ死者を出した「真の地獄」が存在する。

 今回は、歴史の闇に葬られ、人々の記憶から消えかけているが、その規模においてタイタニックを凌駕する7つの海難事故を紹介する。これらは単なる事故ではない。戦争、強欲、そして不条理が招いた、まさに海上の阿鼻叫喚である。

戦火が生んだ史上最悪の「人間消失」

 第二次世界大戦末期、混乱する欧州の海で起きた悲劇は、その規模があまりに桁外れだ。

MVヴィルヘルム・グストロフ号(1945年)

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Bundesarchiv, Bild 183-H27992 / Sönnke, Hans / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 de, リンクによる

 ナチス・ドイツの歓喜力行団のクルーズ船として建造され、後に病院船、そして兵舎へと転用されたこの巨大船は、史上最悪の海難事故の舞台となった。

 1945年初頭、ソ連軍の侵攻から逃れるための「ハンニバル作戦」の一環として、ドイツ兵や民間人を満載して現在のポーランド・グディニャを出港した。その数、定員を遥かに超える約1万人。

 しかし、ソ連の潜水艦が放った3発の魚雷が、希望を絶望に変えた。約1200人は岸にたどり着いたものの、残る9000人が冷たいバルト海に消えた。単独の船の沈没としては、戦争の狂気が生んだ最大級の犠牲者数である。

MVゴヤ(1945年)

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By Unknown author – [1], Public Domain, Link

 同じくハンニバル作戦での悲劇だ。ノルウェーから接収されたこの貨物船もまた、定員を無視して7000人以上を詰め込み、ドイツ西部を目指していた。

 出港からわずか数時間後、ソ連潜水艦の魚雷が直撃。火災が発生し、船はわずか数分で沈没したという。乗っていたほぼ全員が即死、あるいは脱出する間もなく海に飲み込まれた。数千の命が数分で消滅する恐怖は、想像を絶する。

強欲と炎が招いた「業火の海」

 自然の驚異ではなく、人為的なミスや強欲が引き金となった事故も多い。その結末は、冷たい水ではなく、灼熱の炎だった。

SSサルタナ号(1865年)

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 アメリカ南北戦争直後、ミシシッピ河で起きたこの事故は、あまりに不運で、そしてあまりに人災だった。

 木造蒸気船サルタナ号は、解放された北軍の捕虜を輸送していた。船長は高額な報酬に目がくらみ、定員375名の船に2000名以上を詰め込んだのだ。しかも、ボイラーの修理はお粗末なものだった。

 結果、ボイラーが爆発。木造の船体は瞬く間に炎に包まれた。爆発、火傷、溺死、低体温症により1100名以上が死亡。

 これほどの大惨事にもかかわらず、リンカーン大統領暗殺のニュースにかき消され、当時の報道は少なかったという。戦地を生き延びた兵士たちが、故郷を目前にして業火に焼かれるとは、運命はあまりに残酷だ。

MVドニャ・パス号(1987年)

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 フィリピンで起きたこの事故は、現代における最悪の海難事故の一つだ。マニラへ向かうフェリー、ドニャ・パス号は、定員の3倍近い約4000人を乗せていた。

 タブラス海峡を航行中、石油タンカーと衝突。タンカーに積載されていた8000バレルの石油が引火し、海面ごといきなり火の海となった。フェリーも瞬く間に炎上し、衝突から30分足らずで沈没。

 死者数は4300人を超えるとされるが、生存者は30人に満たない。調査の結果、タンカー側にも重大な安全上の欠陥があったことが判明したが、企業側が責任を逃れようとする姿勢も含め、胸糞の悪さが残る事件である。

「日常」が突如として地獄へ変わるとき

 最後は、管理不足やパニックが被害を拡大させた事例だ。これらは遠い国の話ではなく、我々の日常のすぐそばにある恐怖かもしれない。

ネプチューン号(1993年)

 ハイチ西部で起きた沈没事故。定員超過のフェリーがスコールに遭遇し転覆、約1500人が犠牲となった。

 ハイチの海上交通規制の欠如に加え、救命ボートもライフジャケットもなかったという絶望的な状況。さらに、船長は「乗客がパニックになったせいで沈んだ」と言い放ち、自分は無事に生還している。

 生存者の証言によれば、救助を待つ間、海に浮かぶ動物の死骸や物資の箱にしがみついて耐えたという。まさに地獄絵図だ。

SS江亜(Kiangya)号(中国内戦期)

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Source: baijiajiangtan.com.cn, Public Domain, link

 中国内戦の混乱期、上海から寧波へ向かっていた客船が爆発・沈没した。原因は、第二次世界大戦中に設置された機雷に接触したためと見られている。

 公式の定員は約1200人だったが、実際には2100人以上の乗客と、少なくとも1000人の密航者が乗っていたとされる。この爆発により、推定2700人から4000人が死亡した。戦争の遺物が、時を超えて罪のない人々を殺した形だ。

MVル・ジョラ号(2002年)

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Yaamboo投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

 セネガル沖で発生したこの事故では、1800人以上が犠牲となり、その中には444人の子供が含まれていた。

 定員の約4倍の乗客を乗せ、嵐に遭遇して転覆したのだが、その原因の一つがあまりに杜撰だ。船の上部デッキに人が密集しすぎて重心が不安定になっていたこと、そして何より、「救命胴衣がきつく縛り付けられていて、パニックになった乗客が取り出せなかった」というのだ。

 セネガル政府は遺族に補償を行ったものの、誰も刑事責任を問われていないという事実は、やるせない後味を残す。

 タイタニックの悲劇は映画になり、涙を誘う物語として消費された。しかし、これら7つの事故は、人間の愚かさや戦争の狂気が生々しく反映されており、安易なドラマ化を拒むような凄惨さに満ちている。海の上では、文明の利器もひとたびバランスを崩せば、鉄の棺桶に変わることを忘れてはならない。

参考:MENTAL FLOSS、ほか

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