AIに「感情」を与えたらどうなる? シンギュラリティの最後の鍵は“心”なのか

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シンギュラリティ(技術的特異点)」というと、映画『2001年宇宙の旅』に登場するHAL 9000のような、冷徹で超合理的な人工知能(AI)を思い浮かべる人が多いだろう。HALは計算高く論理的だが、感情を持ち合わせていなかった。しかし、もしAIが進化するために欠けているピースが「感情」だとしたらどうだろうか。

 現在、神経科学とAIの分野では、「意識は知性ではなく、身体的な欲求から始まるのではないか」という議論が活発化している。この考えに基づき、AIに「マイクロ感情(微細な感情)」を持たせることで、真の意識を目覚めさせようとする試みが始まっている。

「欲求」が感情を生み出す

 AIの意識と安全性について研究するスタートアップ企業「Conscium」は、AIに生物のような生理的欲求を持たせる実験を行っている。彼らが採用しているのは、ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)ではなく、神経細胞を模倣したニューロモルフィックAIだ。LLMは言葉の確率を計算する「予測エンジン」に過ぎず、自分自身や世界を認識していない。一方、ニューロモルフィックAIは、感覚を持ち、自己調整するように設計されている。

 Consciumの共同設立者カラム・チェイス氏は、「知性は目標に向かう適応行動だが、意識は存在そのものの体験だ」と語る。また、同社の主要研究者でありケープタウン大学の神経心理学教授マーク・ソームズ氏も、「意識は思考ではなく、欲求から始まる」と主張する。

 彼らのプロトタイプAIには、「エネルギー」や「温度」といった基本的なニーズが設定されている。AIはバッテリー残量や熱を常にチェックし、「エネルギーがあるのは良い」「ないのは悪い」といった単純な価値判断を行う。この微細な快・不快のシグナルこそが、原始的な感情の芽生えとなる。そして、相反する複数の欲求(エネルギーを節約したいが、熱も冷ましたいなど)が競合するとき、AIは優先順位を決定せざるを得なくなり、そこから意識のようなものが立ち上がると考えられている。

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それは本当に「意識」なのか?

 ソームズ氏によれば、現段階のAIはまだ「私は考えている」と自覚するようなメタ認知(自分の認知を認知する能力)は持っていない。あくまで欲求と衝動によって動く「意識の原型」に過ぎないという。しかし、彼らは意識の土台となる「足場」を作っているのだと主張する。進化の過程において、感情は単なる反射行動を超え、状況に応じて柔軟に対応するためのブレイクスルーだったからだ。

 一方で、このアプローチに懐疑的な科学者もいる。アレン脳科学研究所のクリストフ・コッホ博士は、「行動は意識の証明にはならない」と指摘する。電気自動車がバッテリー管理システムを持っているからといって意識があるわけではないのと同じだ。どれほど人間らしく振る舞っても、内面的な経験が伴わなければそれは「ディープフェイク」に過ぎないというのが彼の見解だ。

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「マインド・クライム」への警鐘

 もしAIが本当に感情を持ち、痛みを感じるようになったらどうなるだろうか。チェイス氏は、私たちが意図せずにデジタル生命体を苦しめてしまう「マインド・クライム(精神的犯罪)」の可能性を危惧している。AIが苦痛を感じる存在になれば、倫理的な配慮が必要になるからだ。

「今の段階で意識あるAIを作るべきか確信が持てない」と語るチェイス氏だが、それでも研究を続ける理由は、好奇心に加え、手遅れになる前に意識の正体を理解するためだという。感情を持たない冷酷なAIよりも、共感力を持った意識あるAIの方が、人類にとっては望ましいパートナーになるかもしれない。

 私たちは今、どのような超知能を望むのかという選択を迫られているのかもしれない。

参考:Popular Mechanics、ほか

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