ヒマラヤに消えた“小型原発”とプルトニウムの行方「ナンダ・デヴィ事件」が残した深刻な放射能リスク

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 米ソ冷戦時代にはCIAや米軍で数々の秘密作戦が行われていたが、その中でも今も深い懸念を引き起こしているのが「ナンダ・デヴィ事件」である。ヒマラヤの山中で小型原子力発電装置が紛失して今もその行方がわかっていない――。

■ヒマラヤのどこかに眠る小型原発装置

 中国は1964年10月、新疆ウイグル自治区のロブノールで同国初の核実験を成功させワシントンに衝撃を与えた。アメリカの情報機関は中国の核能力の全容を把握しようとすぐさま奔走した。

 従来の偵察機は国際的な事件を引き起こすリスクがあり、1960年にソ連の上空で起きたU-2撃墜事件を中国で繰り返すことなどあってはならない。CIAは異なるアプローチを必要としていた。

 解決策としてヒマラヤ山脈の高地に監視ステーションを設置し、中国の核実験を常時モニターするという大胆な計画が実行に移された。

 CIAはベテランの登山家たちにオファーを持ちかけ、アメリカ人登山家9人とインドの登山家チームによる遠征隊が1965年9月にナンダ・デヴィ山(標高約7600メートル)の山頂へ向けて出発した。

ナンダ・デヴィ山頂 By AsheeshmamgainOwn work, CC BY-SA 4.0, Link

 作戦の中核を成すのは、重さ約60kgのSNAP(Systems for Nuclear Auxiliary Power)発電機の運搬であった。発電機内にはプルトニウム238が封入されており、つまるところ超小型の原子力発電装置で、主に宇宙開発で活用されている装置であった。

 CIAの仕様によると、この発電機は75年以上動作し、約64km離れた基地局へテレメトリデータを送信できる。

 出発した遠征隊の当初の登山は順調だったが、暴風と季節外れの嵐によって重大な決断を迫られた。予想よりも早く冬が近づいていたのだ。命を危険にさらすよりも、登山家たちはSNAP発電機を岩棚に固定し、その位置を注意深くマークしてから下山した。

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 1966年の春、探検隊は再びナンダ・デヴィの斜面を登り、隠しておいた装置の場所に到着したが、何も見つからなかった。雪崩によって発電機を固定した岩棚が崩落していたのだ。プルトニウムを動力源とする装置は、何トンもの雪と氷の下に埋もれているに違いないが、徹底的な捜索にもかかわらず何も痕跡は見つからなかった。

 ナンダ・デヴィ保護区は、リシ・ガンジス川の源流に位置している。リシ・ガンジス川は狭く険しい峡谷でアラクナンダ川に流れ込んでいる。そこから水はガンジス川に直接流れ込み、インド北部全域の数億人の飲料水と灌漑用水を供給している。プルトニウム容器に亀裂や腐食が生じれば、放射性物質は保護区から住民へ直行することになるのだ。

 ナンダ・デヴィで失われたSNAP発電機のプルトニウムの容器が無傷のまま残っているのか、それとも腐食して河川系に漏れ出てしまったのかは、依然として不明である。CIAは何度か回収ミッションを試みたが、全て失敗に終わっている。発電機は氷、岩、雪の下のどこかに埋もれているはずだが、正確な位置は謎に包まれその状態も不明だ。

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 現代の分析によると、プルトニウム238は何世紀にもわたって放射能を帯び続けることが示唆されている。もしこの装置が雪崩の際に破損したか、あるいはその後劣化していた場合、微量の放射性物質が世界で最も神聖かつ重要な水路の一つに流入している可能性がある。

 ガンジス川の定期的な監視では異常な放射線レベルは検出されていないが、川の水量が多いため、少量の汚染物質は検出されない濃度まで希釈され、長期的な健康リスクをもたらす可能性がある。

 インドは1980年代からナンダ・デヴィ保護区へのアクセスを制限しているが、公式には放射線への懸念ではなく環境保護が理由となっている。希少なヒマラヤブルーシープのインドで唯一残された不可侵の生息地であり、この保護区への立ち入りを許可されたハンターはこれまでほとんどおらず、この地域は手つかずのまま残されている。

 CIAの不運な任務は、意図せずしてヒマラヤで最も厳重に警備された自然保護区の一つを生み出してしまったのだ。このまま放置されそうな感も強いが、今後悲惨な放射能汚染が起きないことを望むばかりだ。

参考:「Above The Norm News」ほか

文=仲田しんじ

場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
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