水深23mに眠る「1万1700年以上前の都市」!? ノアの方舟伝説の地に近い湖底で見つかった巨大な円形構造と闇へ延びる石壁

視界のきかない濁った湖の底で、人の手で積まれたとみられる石壁が闇の奥へと延びている。トルコ東部のヴァン湖で、潜水チームが巨大な円形構造と、石材を組み合わせた長い壁を確認した。
調査に加わる研究家マシュー・ラクロワ氏は、これが1万1700年以上前、場合によっては4万年前にさかのぼる「失われた都市」の一部である可能性を唱えている。ただし、考古学者の多くはまったく異なる見方を示している。
3段の階段と7段の石積み、闇へ延びる「土手道」
ヴァン湖はイラン国境に近い東アナトリア地方にある、面積約3750平方kmのトルコ最大の湖だ。ノアの方舟が漂着したとされるアララト山から約145kmの距離にあり、方舟の痕跡だと主張する人もいるドゥルピナール地層もその近くにある。

最初の遺構を見つけたのは、トルコの水中映像作家タフシン・ジェイラン氏だ。2017年、湖の微生物由来の岩石や固有の魚を調べていた際、石造りの砦と、精巧に加工された石材による円形構造を発見した。六弁の花模様「フラワー・オブ・ライフ」が刻まれた冠石も見つかっている。
2025年には発見者側のチームがラクロワ氏と共同で潜水。今年になって映像を見返したところ、撮影者ブランドン・バーンズ氏が円形構造の裏手で撮った映像に、巨大な石壁が映り込んでいた。
壁は水深約23mにあり、円形構造へ向かう3段の階段と、湖底から2.4m以上立ち上がる7段の石積みを備えているという。ラクロワ氏は、この土手道のような構造が46m以上続き、その先は闇に消えていると説明。これほどの労力を要する構造物が単独で存在するとは考えにくく、大規模な都市につながる結節点だったはずだとの見解を示している。


年代の根拠は石ではなく「火山噴火」
なぜ1万1700年以上前なのか。ラクロワ氏が根拠とするのは石そのものではなく、湖の地質史だ。
ヴァン湖はかつて西へ流れ出る出口を持っていたが、更新世にネムルト山の大規模噴火でふさがれたことが知られている。更新世の終わりは約1万1700年前で、主要な噴火は4万年前までさかのぼる可能性も指摘されている。同氏は、遺構は水没より前に造られたはずだと論じている。
ただし、遺構の石材は独立した年代測定を受けておらず、発掘によって都市であることが確認されたわけでもない。1万1700年〜4万年前という数字は、あくまで同氏による地質学的な解釈だ。
考古学者らは構造物の存在自体は認めつつ、約3000年前にこの地を支配したウラルトゥ王国の時代、あるいは中世のものとみる声が多い。ウラルトゥ時代の石材を中世に再利用した壁ではないかとの指摘もある。一方で、本格的な調査や確定的な年代測定がまだ行われていないことも認めている。
1日6時間の「窓」が阻む調査、石の道はどこへ続くのか
調査は容易ではない。出口のないヴァン湖では溶け込んだ堆積物が水中に漂い、視界が極端に悪い。ラクロワ氏によれば、まともに見通せるのは午前5時から11時ごろまでに限られるという。
同氏自身は水深23mの壁までは潜っておらず、水深約9mの円形遺構で8分間を過ごしたのみ。真上から見下ろすと完全な円だったと振り返っている。二つの構造は離れているが、約1平方kmの範囲で地図化が進んでいるとされる。
日本でも与那国島の海底地形が、人工の遺跡か自然の産物かで長く議論されてきた。ヴァン湖の石壁も、人工物かどうかの判定を含め、さらなる潜水や詳細なソナー探査、水中考古学者による分析が欠かせない。
ラクロワ氏は、流れのない静かな湖水が遺構を守ってきたのではないかと考えている。3000年前の王国の名残か、それとも教科書に載っていない文明の痕跡か。答えが出るのはまだ先だが、闇の向こうへ続く石の道の先を想像せずにはいられない。
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2024.10.02 20:00心霊水深23mに眠る「1万1700年以上前の都市」!? ノアの方舟伝説の地に近い湖底で見つかった巨大な円形構造と闇へ延びる石壁のページです。トルコ、湖、ノアの方舟、古代都市などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで

