『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトは物質ではなくコンセプトを消費する新しいアニメ! 三浦俊彦東大教授インタビュー

 TVアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』第二期で物議を醸した「エンドレスエイト(以下、EE)」についての芸術的解釈と哲学的分析を兼ね備えた論考本『エンドレスエイトの驚愕 ――ハルヒ@人間原理を考える』。執筆に3年を費やしたという同書の著者・三浦俊彦氏へのインタビュー第2回となる今回は、本書の骨子となる概念「人間原理」と、EEの現代アートとしての解釈を解説してもらった。インタビュー第1回はコチラインタビュー第3回はコチラ

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●5/29 坂上秋成×三浦俊彦×村上裕一 「『エンドレスエイトの驚愕』の驚愕」

著者である分析哲学の泰斗・三浦俊彦(1959年生まれ)をゲンロンカフェに迎え、
『ゴーストの条件』で独自のキャラクター論を展開した
評論家・村上裕一(1984年生まれ)と、
『涼宮ハルヒのユリイカ』(『ユリイカ』増刊号)に
ハルヒ論「涼宮ハルヒの失恋」を寄せた作家・坂上秋成(同じく1984年生まれ)とともに、
いまあらためて『ハルヒ』と「エンドレスエイト」を語り尽くす……!

日時:2018/05/29 (火) 19:00 – 21:30
会場:ゲンロンカフェ(東京都品川区西五反田1-11-9 司ビル6F)
チケット:前売券 2,600円 1ドリンク付 ※当日、友の会会員証/学生証提示で500円キャッシュバック

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■古泉の「人間原理」の説明は間違っている!

『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトは物質ではなくコンセプトを消費する新しいアニメ! 三浦俊彦東大教授インタビューの画像1『エンドレスエイトの驚愕』(春秋社)

――本書は前半でEEの欠点を執拗に指摘したあと、後半で手のひらを返すように、同作をどう肯定的に評価できるかという論調に移行します。議論の中心にあるのは「人間原理」という概念ですが、本書ではなんと、古泉(※1)による「人間原理」の説明が間違っているという衝撃的な指摘から話が始まります

(※1)古泉一樹(こいずみ・いつき)は涼宮ハルヒが結成したSOS団の団員で、その正体は超能力者。主人公のキョンや宇宙人の長門、未来人の朝比奈みくると共にハルヒを“監視”する。古泉は第一期第13話および第二期第5話『涼宮ハルヒの憂鬱Ⅴ』において、「人間原理」を「人類がいるからこそ、宇宙は存在を知られているという、人間本位な理屈」と説明するが、三浦氏は「解説として要領を得ない」と一刀両断する。

 

 

三浦俊彦教授(以下、三浦) 「人間原理」は、言ってみれば進化論の延長みたいな考え方なんですよ。この宇宙で、デタラメに何かが起こった結果、たまたま人間というものができちゃった。その「たまたまできた人間」にしか自意識はない。物理学とか文化論みたいなものが生まれるのも、全部その「たまたまできた人間」が出発地点です

 だから、この「たまたまできた人間」に認識することができるのは、彼らにとって好都合な「特別な環境」だけ。だから宇宙全体を見わたせば、ほとんどの領域は「たまたまできた人間」にとって好都合にはできてない。彼らが「認識できているものが、好都合」というだけ。なのに古泉の説明だと、「人間がこのような宇宙を作っちゃった」「人間のために宇宙がある」と誤解されやすい。それっていわば「人間中心主義」だから、むしろ逆。「人間原理」において、人間は認識の中心ではあっても、存在としては偶然の揺らぎなんです

 人間、つまり知的生命にとって好都合な法則なんてものはないんですよ。デタラメに、ランダムにいろんな人間以外の意識主体が生成されていて、それらから「それぞれに好都合な法則」が見えるだけ。なのに、あたかも人間にとって宇宙全体が好都合に「微調整」されているかのように見えてしまう。でも本当は人間にとって全然好都合ではない乱れた法則が、この宇宙にはいっぱいある。だからマルチバース(※2)という考え方が必要なんですよ。

(※2)多宇宙。多元宇宙論。地球が存在する宇宙はたくさんある宇宙のひとつにすぎないという考え方。

『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトは物質ではなくコンセプトを消費する新しいアニメ! 三浦俊彦東大教授インタビューの画像2撮影=編集部

――本当は地動説なのに、天動説っぽく誤解されている、と。

三浦 ええ。実は物理学者の中にも誤解してる人が結構いるんですよ。「人間原理はご都合主義だからダメだ」って。それは完全に逆でしょ? 原典を読んでないからですよ。ブランドン・カーター(オーストラリア出身の理論物理学者)の1974年の論文にはちゃんと書いてあるのに、理系の人たちは最先端の論文しか読まないから、参照や引用を繰り返していつの間にかねじまがった解釈で理解しちゃってるんです。

――その「人間原理」を正しくおさえておかないと、EEは正しく読み解けない。

三浦 でも、『ハルヒ』という作品がさすがだと思うのは、古泉の直接的な説明は間違っているけど、ハルヒの独白や古泉の別の語りによって、正しく「人間原理」を理解する場所を別に用意しているということ。他の発言を組み合わせれば、ちゃんとした解説になっているんですよ。

■コンセプチュアル・アートとしての「エンドレスエイト」

『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトは物質ではなくコンセプトを消費する新しいアニメ! 三浦俊彦東大教授インタビューの画像3撮影=編集部

――三浦先生の考察はサブカル系のアニメ評論とはかなり様相が違いますね。

三浦 いわゆるサブカル論者の人たちは「普遍的な真理」や「普遍的な価値」に興味がないでしょう。彼らが作品とつなげたいのはその都度の流行・話題といった時事的な話題ですよね。その都度の流行や「時代」「社会」の意思みたいなものを忖度して、うまく合う作品を持ち上げる感じですよね。

――確かにサブカル論者は社会学を学びたがります。作品と時代を結びつけて、はい一丁上がり。

三浦 そういう意味では、社会評論的なアニメ論しか知らないオタクさんたちは、本書を読んでかえって新鮮な気持ちになれると思います。伝統的な芸術哲学の問題意識に沿って、歴史のなかに『ハルヒ』を位置づけたらどうなるか、という話をしていますから

――現代アートと言えば、本書ではデュシャン(※3)を引き合いに出して、EEがコンセプチュアル・アートとして成立するかどうかも論じています。

(※3)マルセル・デュシャン。芸術家。男性用便器に署名をしただけの作品『泉』(1917年)で知られる。20世紀を代表する現代アートであり、のちに「コンセプチュアル・アート」と呼ばれるようになる観念芸術の潮流を生んだ。

三浦 EEは100年前にデュシャンがやったことを、大規模に実行している。純粋に芸術学的な問題、普遍的な問題を扱っているんですよ

――「コンセプチュアル・アートに実際の知覚経験は必要ない」というくだりはとても納得しました。

三浦 EEは実際に8話観なくてもいい。8回繰り返すという「コンセプトそのもの」を消費すれば、それでコンセプチュアル・アートとして成り立ちますからね。ただ、8回で終わった後だから結果的にコンセプチュアル・アートと解釈できるわけで。放映中はあと何回で終わるかが知らされなかったですから、ファンとしてはたまったものじゃないですよね。

■EEを観るのは時間のムダ(笑)

『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトは物質ではなくコンセプトを消費する新しいアニメ! 三浦俊彦東大教授インタビューの画像4撮影=編集部

――EEをコンセプチュアル・アートとして観るべき積極的な理由を、長門が宇宙人、すなわち「情報統合思念体」である点に求めるくだりには驚きました。

三浦 そこをリンクできたのは僕のお手柄だと思います(笑)。『ハルヒ』の物語設定には、「実体を持たず、ただ情報としてだけ存在する情報統合思念体が時間移動するためには、別の時間の自分とただ同期すればいい」、つまり物質的形態や質量を捨象していいというものがある。これは概念だけを伝えるコンセプチュアル・アートそのものです

『ハルヒ』の真の主人公でもある情報統合思念体(長門)の流儀がそれなのなら、『ハルヒ』という作品自体、そういう作り方をされていてもいい。だからEEも物質的媒体として8話分経験するのではなく、コンセプトとして消費すればいいことになります。物理的に時間移動する朝比奈みくるが伝統芸術のメタファーというか、狂言回しになっていて、長門が前衛芸術を象徴するんですね。

 ただし、のちの劇場版『涼宮ハルヒの消失』で長門は、情報統合思念体の性質を放棄します。原作『陰謀』でも自分との同期を断ち切って、情報統合思念体から独立するんですよね。それが何を意味しているかというと、EEみたいなコンセプチュアル・アートから脱却して、普通の物語に回帰するってことでしょう。EEみたいなわけのわからないものじゃなくて、「普通の娯楽アニメ」に回帰して、長門が感情的生活を手に入れるってことなんですよ。実際『消失』は普通の娯楽アニメです。

――これがEEを現代アートとして鑑賞する方法であると。

三浦 現代アートは美的経験をするためのものではなく、知的経験をするためのものですからね。いろいろ考えて理屈を言う。理屈が出てくるのを楽しむ。本書は最終的にEEが物語に回帰したフリをしていますが、実はその物語も普通に鑑賞されるものじゃない。我々が「いろんな物語的解釈が可能だ」と気がつくだけなんですよ。「目覚め」を文字通りにとれば、「長門はもともと人間で、3年前にハルヒによって宇宙人に変えられた犠牲者」という解釈すら説得力を帯びてきますしねキョンがハルヒに加担して長門を再びヒューマノイド化させた話として『消失』を読みなおすと、泣けます。この「長門戻った説」、つまりキョンの自己欺瞞という解釈に気づいた時も私は鳥肌が立ちました。……とはいってもEEが退屈であることに変わりありませんが。

――だから本書を読み終わっても、『消失』を観たくはなってもEEを観ようとは思わない(笑)。

三浦 はい。時間のムダなのでEEは観ないほうが得です(笑)。観るためのアニメではなく、論ずるためのアニメなんです。

インタビュー第1回はコチラインタビュー第3回はコチラ


【プロフィール】

◆三浦俊彦(みうら・としひこ)
1959年生まれ。東京大学総合文化研究科博士課程単位取得退学。現在、東京大学文学部教授。専門は、美学・分析哲学。和洋女子大学名誉教授。著書に『天才児のための論理思考入門』(河出書房新社、2015年)、『改訂版 可能世界の哲学――「存在」と「自己」を考える』(二見文庫、2017年)など。

◆稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター
1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DUBOOKS)、編集担当書籍に『押井言論2012-2015』(押井守・著、サイゾー)など。「サイゾー」「SPA!」「プレジデント・オンライン」などで執筆。


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会場:ゲンロンカフェ(東京都品川区西五反田1-11-9 司ビル6F)
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文・聞き手=稲田豊史

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