図らずも、泣きそうになる ― 若き義足の美術家・片山真理が自らを葬る作品展「you’re mine」が与える感動

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■病、そして恩人との出会いが若き美術家を育んだ

ph01-1.jpgyou’re mine

「母はとにかく手に職をと願い、商業高校で会計士のスキルを身につけました。でも、最初に東京へ呼んでくれたキュレーターをはじめ、『好きなことをすればいいんだよ』とゆっくり見守ってくれた人たちが、私をいちばん生きやすい場所に導いてくれました。特徴をもって生まれた自分はラッキーとしか言いようがありません」(片山)

 先天性脛骨形成不全症(膝からくるぶしまでの脛骨の欠損または形成不全により足で体を支えることができない病気)により歩くことができなかった片山は、義足を使えるよう両足の切断手術を受けた。9歳。小学校3年生の時だ。

 そんな彼女が自立して生きられるよう、家族を中心とする周囲の人々は彼女を育てた。高校では会計士としてのスキルを、大学と並行して通っていた専門学校では、コンピュータプログラマになるための技術を片山は身につけようとした。

 しかし、彼女が “片山真理個人” として輝いて生きられる場所は、会計の世界でもコンピュータプログラミングの世界でもなく、美術の世界にあった。

 片山の中に美術家としての才能を見出したのは、キュレーターの故・東谷隆司だ。群馬青年ビエンナーレの審査員の1人として片山に出会った東谷は、まだ地方都市の一高校生に過ぎなかった彼女に創作を続けるよう励まし、美術の世界へと導いたのだ。

ph06-1.jpg「smoking area」

 もう1人、彼女を支えた人がいる。実の祖父︎だ。世間並みの大人としての人生を望む周囲の大人達のなかで、祖父だけは若干違っていた。片山の美術家としての未来を楽しみにし、そのままの彼女を穏やかに見守り続けた。

「おじいちゃんは、私が作品を作ることを、自然にそのまま喜んでいてくれた人でした」(片山)

 こんなエピソードがある。

 高校生だった片山はある日、祖父が愛飲していたタバコ、ショートピースの箱に創作のアイデアを見出した。「いずれ作品に使うから空箱は取っておいて」と祖父にお願いした片山だが、当の本人はそのことを忘れてしまう。時は流れ、彼女の東京芸術大学大学院への入学を待たずに、受験日当日、祖父は鬼籍に入るのだが、家族が遺品を整理した際に見つかったのは、祖父が片山のために貯め続けた、大量のショートピースの空き箱だった。「you’re mine」でも展示されている「yellow coffin」は、東谷と祖父、2人の恩人へのオマージュが込められている。︎

ph11-1.jpg「yellow coffin」

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