遺伝的にサイコパスになりやすい人間は存在するのか?

 シリアルキラーを含め、ある種の人々の脳はあらかじめ暴力行為に向かいやすいことを指摘したのだが、面白いことに、ファロン教授は自身の脳もPETで撮影して分析したところ、OFCの活性が低くサイコパスの特徴を備えていることが判明したという。教授自身、一歩間違えばシリアルキラーになる可能性が他の人よりも高いことがわかったのである。もちろん、幸運にも教授は今日まで凶悪犯罪者にはならないでいるのだが……。

 そこでファロン教授は脳ばかりでなく“戦士の遺伝子”と呼ばれる、人を好戦的にするといわれている遺伝子についての影響も調べることにした。X染色体上にはMAO-A(モノアミンオキシダーゼA)と呼ばれるセロトニンの分解酵素がある。セロトニンは脳内の重要な神経伝達物質のひとつで、不安や怒り、恐怖などの極端な感情を鎮める働きがあるといわれている。もし母体のお腹の中の胎児がこの“戦士の遺伝子”を持っていると、出生前に大量のセロトニンにさらされることになり、セロトニンに対する“麻痺”を起して鎮静作用が利かなくなってしまうという。そのため出生後の人格において、衝動的な感情のコントロールが困難になって“キレやすくなる”というのだ。そしてこの“戦士の遺伝子”をシリアルキラーの多くが持っているという。そしてなんと、ファロン教授は自身の家系においても、この“戦士の遺伝子”の存在を特定したのだ。まさにファロン教授はシリアルキラーになれるじゅうぶん過ぎる“素質”があったのだ。

 シリアルキラーの脳と遺伝子についての研究を行ったファロン教授だが、もうひとつは幼少期における体験が大きな影響を及ぼしていることも指摘している。幼い頃に精神的、および身体的な虐待を受けた場合、他者への共感能力が育たなくなりサイコパス人格へと導かれるという。逆にこの環境要因こそが、素質じゅうぶんの(!?)ファロン教授をシリアルキラーにはしなかったものであるという。つまり、幸運にもファロン教授は幼少期に、脳の構造や遺伝子を補ってあまりある“愛情”を受けたため、サイコパスにならずに済んだというのである。

 サイコパスを生み出す生物学的な要因を研究する中で、奇しくも幼少期の環境の重要性が大きくクローズアップされることになった。遺伝的にサイコパスになりやすい人間は存在するのだが、人を本当にサイコパスにするのは育った生育環境が大きく左右しているということだ。その意味では、サイコパスは生まれるのではなく、あくまでも“成る”ものであることが示唆されることになったのだ。愛情のある子育てがいかに重要であるのかを思い知らされる話題である。
(文=仲田しんじ)


参考:「Daily Mail」、「The Brain of a Serial Killer」、「The Guardian」、ほか

場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
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