雲仙・普賢岳噴火による津波被害を題材にした幻の日米合作映画『大津波』の内容と撮影風景を天野ミチヒロが語る

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 さて、物語は災害から10年後に飛ぶ。成長したトオルを演じたのは伊丹十三。ユキオはロカビリー歌手のミッキー・カーチス。そしてセツが笹るみ子さんだ。るみ子さんのアルバムに、ロケ地は長崎県の南高来群小浜(みなみこうらいぐんおばま)と記されている。南高来郡は現在の雲仙市・島原市・南島原市だ。小浜はパール・バックの希望で選ばれ、本人も長期滞在して撮影を見学した。るみ子さんは小浜で40日以上過ごしたが、毎日が退屈で1軒だけあるよろず屋でお菓子や雑誌を買うくらいしか楽しみがなかったという。

 また東宝のロケにしては小規模で、普通なら何人もいる助監督が日本側とアメリカ側の2人だけ。タッド・ダニエルスキー監督は本作が初めての劇場用作品で、コンテも切らずその場その場で絵を決めるので、俳優やスクリプター(記録係)が困惑していたという。るみ子さんは「監督に才能が感じられなかったわ」と述懐していた。

 さらに旅館では毎晩、「恐怖の時間」と恐れられた英語の発音レッスンが行われた。台本は全部英語で書かれていたのだ。早川雪洲、中村哲、ヘンリー大川、ジュディ・オング、伊丹十三、ミッキー・カーチスらは英語ペラペラの俳優としてキャスティングされたが、るみ子さんは台詞を覚えるのに大変な苦労をしたという。しかも相手は監督ではなく、連れてきた夫人が椅子にふんぞり返ってブドウの種をプップッと飛ばしながらのチェック。一生懸命台詞を覚えたるみ子さんだが、ある日撮影現場で夫人が「ルミコ、台詞変ワッタカラ」。ショックを受けたるみ子さんは、ロケ地に来ていた以前共演した大女優・山口淑子(李香蘭)から、「私も下積み時代はね……」と励まされたそうだ。

 頑張って監督の要求に応えていたるみ子さんだが、1つだけ抵抗したことがある。砂浜を走るシーンで、浴衣の下に穿いた赤い襦袢(じゅばん)を、裾をまくって見せながら走れと言う監督に、るみ子さんは「日本人は浴衣の下に襦袢は穿きません」と直訴して止めさせ、外国の誤った日本人観の流出を防いたのだ。余談だが、るみ子さんが設楽幸嗣から聞いた話によれば、乱暴される女の子役を演じた人物がそれを苦にし、撮影後におかしくなってしまったという。私が観たフィルムにそのシーンはなかったので、放送上不適切とカットされたのだろうか。

 物語の後半、父親を亡くしたトオルは長老の養子縁組を断り、今まで通りユキオとセツと一緒に暮らす。野性味溢れる女に成長した海女のハルコは、積極的にトオルを口説くがフラれ、嫉妬に狂ってセツと取っ組み合いのキャットファイト。ラストはトオルとセツの明るい未来を暗示して、ミッキー・カーチスの歌(作曲・黛敏郎)が流れる。

 上映や放送の情報を挙げると、まず1962年に青森県弘前市での上映記録がある(詳細不明)。明確なのは2005年10月29日、長崎県雲仙市にある雲仙メモリアルホールでの上映だ。当時エキストラで参加した市民らの「1度観たい」という声に応えた雲仙観光協会が企画した上映会で、ゲストにジュディ・オングが招かれた。なべおさみさん情報では、大学時代の友人が1970年代にアメリカでテレビ放送されているのを観て「おまえの奥さん、英語うまいなあ」と言ったそうだ。るみ子さんいわく、それは吹替えらしいが。

『大津波』の版権は東宝にないことだけは確かで、これまではワーナー・ブラザースが有力視されていたが、最近はパラマウント・ピクチャーズが持っているという説も浮上している。この作品には、まだまだ多くの謎が残されているのだ。

――東北大震災でお亡くなりになられた方々、そして笹るみ子様のご冥福をお祈りいたします。

■天野ミチヒロ
1960年東京出身。UMA(未確認生物)研究家。キングギドラやガラモンなどをこよなく愛す昭和怪獣マニア。趣味は、怪獣フィギュアと絶滅映像作品の収集。総合格闘技道場「ファイト ネス」所属。著書に『放送禁止映像大全』(文春文庫)、『未確認生物学!』(メディアファクトリー)、『本当にいる世界の未知生物 (UMA)案内』(笠倉出版)など。新刊に、『蘇る封印映像』(宝島社)がある。
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