「『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトはデュシャンの100倍すごい、世界に誇るアートだ!」 哲学者・三浦俊彦教授インタビュー! 9種類のループ解説も!

「『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトはデュシャンの100倍すごい、世界に誇るアートだ!」 哲学者・三浦俊彦教授インタビュー! 9種類のループ解説も!の画像1『エンドレスエイトの驚愕』(春秋社)

 TVアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』第二期に放映された「エンドレスエイト(以下EE)」の解釈を400ページ以上にわたって論じた『エンドレスエイトの驚愕 ――ハルヒ@人間原理を考える』は、EEを肴にした教養講義であり、極上の知的遊戯であり、高速モグラたたきのような論破の快感を味わえる、希代の論考本だ。著者・三浦俊彦氏へのインタビュー最終回(第3回)となる今回は、EEの本質であるループ構造について聞いた。
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■そもそもループなんて「なかった」!?

――本書後半、EEのループについて9種類もの解釈を挙げ、それぞれについて「長門有希がどう関与していたか」を長門目線で挙げてゆく展開は圧巻でした。

「『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトはデュシャンの100倍すごい、世界に誇るアートだ!」 哲学者・三浦俊彦教授インタビュー! 9種類のループ解説も!の画像2「エンドレスエイト」から導かれた9つのループ

三浦俊彦教授(以下、三浦) 手前味噌ながら、これは「人間原理」インタビュー第2回を参照)を理解していないと思いつかない発想でしょうね。

――そのなかでは、先ほど(インタビュー第1回を参照)お話いただいた「長門壊れた説=長門被災説」は早々に誤読だとばっさり(笑)しかもテラループ説・オムニループ説などの暗示として、長門が「いま何回目のループか」を数え間違えている(※1)という指摘は興味深かったです。

(※1)長門は、今は(ループが)何回目かというキョンの質問に、「エンドレスエイトⅣ」では15513回と答え、「エンドレスエイトⅤ」では15521回と答えている。うちアルバイトを行った回数は「Ⅳ」で9031回、「Ⅴ」で9048回と答えた。だとすれば、「Ⅳ」と「Ⅴ」の間で繰り返しシークエンス自体が8回しか増えていないのに、アルバイトは17回も増えていることになる。

「『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトはデュシャンの100倍すごい、世界に誇るアートだ!」 哲学者・三浦俊彦教授インタビュー! 9種類のループ解説も!の画像3撮影=編集部

三浦 そうなんですよ。単純な数え間違いであれば長門のバグ。長門壊れた説でいいでしょう。しかし人間原理的マルチバースを当てはめると、長門が観測した15532回は超膨大なループの中のごく一部分(長門限界説、長門凡人説)。長門にも記憶できなかった外部のデジャヴが計算の混乱となって表れているわけで、長門もキョンや古泉と同レベルということですから、EEは『涼宮ハルヒの消失』で長門が達成する「人間化」の布石になっているわけです。長門の人間化の兆しがあるというのがEEの要であって、「長門が壊れた」とかそんな浅いレベルの話じゃない。EEはそうやって人間原理で読み解かないと埒が明かないと思うんですよ。

――びっくりしたのが、さんざんループについての高度な考察をやっておきながら、「実は長門の夢だった(長門錯覚説)」とか「ループなんてないのに長門が嘘をついていた(長門虚言説)」なんて説にも行き着くという(笑)。

三浦 もしかしたらループ自体が物理的出来事ではなく、情報にすぎないかも、というのは長門的には自然な流れです。古泉の思いつきに長門が合わせているだけかもしれない。もし本当は1度しか起こっていないシチュエーションをわざわざ8本のアニメにして、しかもその視聴を強要しているとしたら、制作サイドのとんでもない暴挙ですよ。それこそ究極のコンセプチュアル・アートです

 ただ考えてみれば、フィクションなんてもともと本当に起こっていないことですし、それを承知でアニメを観ているんだから、なんだろうが文句を言えないはずですけどね。

■ハルヒ、長門以外がループを引き起こす可能性

「『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトはデュシャンの100倍すごい、世界に誇るアートだ!」 哲学者・三浦俊彦教授インタビュー! 9種類のループ解説も!の画像4撮影=編集部

――それを言ったらおしまいです……。

三浦 だって劇中劇『朝比奈ミクルの冒険 Episode:00』(※2)がそうじゃないですか。撮影中に起こってしまった異常現象が現実だということをハルヒに気づかれると現実世界が大変なことになってしまうので、エンドロールのナレーションで「この物語はフィクションであり……」とハルヒに言わせていますよね。同じように、EEがとんでもないつくりになっているのは「このループは本当には起こっていないフィクションだから」という解釈もまた可能です。であれば、EEが非現実的な、ダメなつくりになっている謎が解けるわけですよ。こういうふうに、すべてがぴったり解釈できるのが『ハルヒ』という作品のすごいところです

(※2)第一期第1話、第二期第25話。ハルヒが“超監督”として文化祭用に作った稚拙な自主制作映画が劇中劇として放映された。ちなみに第一期のオープニングクレジットでは、現実のスタッフクレジットに混じって「超監督・涼宮ハルヒ」とあり、アニメ作品である『涼宮ハルヒの憂鬱』自体が(『朝比奈ミクルの冒険』と同様に)ハルヒが創造した壮大なフィクションであることが示唆されている――という解釈も可能。

――本書を読み終えると、ちゃんと話題の収束が長門の「人間化」、つまり「長門は素敵」みたいな読後感に包まれます。

三浦 でも実は本書を長門で終わらせるのは無難な線であって、本当は長門から違うキャラクターに主体が移行したうえでループする可能性もあるんですよ。キョンバージョンとか、みくるバージョンとか。大人バージョンの朝比奈みくるは、きっと“初体験”を済ませていますからね。

「『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトはデュシャンの100倍すごい、世界に誇るアートだ!」 哲学者・三浦俊彦教授インタビュー! 9種類のループ解説も!の画像5神秘思想家ゲオルギイ・グルジエフ。グルジエフ時間は彼の「私」観に由来する。「Wikipedia」より引用

――その“初体験”とは、本書で言及している「グルジエフ時間(※3)」のことですね(笑)。

(※3)「『私は意識する』と自覚されているがゆえに当人に主観的な内面が灯っている時間」のこと。人間原理では「私」は常にそのような時間に存在する。長門はどこかの時点でこの「グルジエフ時間」に覚醒し、単なる情報統合思念体からより高次な人間的な意識主体になったのではないか、という説が本書最終章で言及される。

三浦 高校生のみくるは「グルジエフ時間」にまだ無自覚ですが、未来を知っている大人バージョンのみくるは「グルジエフ時間」を自覚している。ですから大人のみくるがループを引き起こしているかもしれません。でもハルヒと長門以外が作り出したループの可能性をほのめかした時点で、残念ながらページ数が限界に達しました(笑)。

■「エンドレスエイト」は世界に誇るアートだ!

「『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトはデュシャンの100倍すごい、世界に誇るアートだ!」 哲学者・三浦俊彦教授インタビュー! 9種類のループ解説も!の画像6撮影=編集部

――それにしても、ループの解釈をよく9つも考えつきましたね。

三浦 それは私というよりEEの素晴らしさですよ。なぜなら、この飽きるほどのループを延々見せ続けられることによって、視聴者は「俺、何やってんだ……」と延々自己言及しますよね。つまり作品とは別の「自己言及ループ」が同時に発生する。それがまた、長門の自己覚醒に反映する。素晴らしい構造ですよ。原作に潜んでいたポテンシャルをアニメが再創造したという、理想的なパターンです

――あの……正直言ってすごく好意的な深読みというか、三浦先生は優しいですね(笑)。制作サイドも、さすがにそこまで考えていなかったのでは。

三浦 作者が意図しなかった意味を作品が持つというのは、すぐれた芸術作品の常です。というか、そういうフォローをしないと、いつまでもツッコミ待ちの気持ち悪い状態のままでしょ、EEは(笑)。いずれにしろ『ハルヒ』というアニメ自体が素晴らしいのは間違いないんですから

――本書の構造自体がハルヒに負けず劣らずツンデレです。前半で容赦なくEEをディスっているのに、後半でループの意味についてここまで熱意たっぷりに考察を加えている。

三浦 EEが失敗であればあるほど『ハルヒ』というコンテンツの価値が高まるという構造なんですよ、この本は(笑)

――「おもしろい」とは一体どういうことなのか、混乱してきました……。

三浦 一般的に、もちろんEEは「おもしろくない」。だから従来、EEを楽しむ術は掲示板の炎上に参加するくらいしかなかった。でもそれだけじゃなくて、「いかにおもしろくないか」をカッコにくくって考えてみると、『ハルヒ』というコンテンツがもっと膨らんで見えてくるんです

「『涼宮ハルヒの憂鬱』エンドレスエイトはデュシャンの100倍すごい、世界に誇るアートだ!」 哲学者・三浦俊彦教授インタビュー! 9種類のループ解説も!の画像7撮影=編集部

――この本を特に誰に読んでほしいですか。

三浦 まずは『ハルヒ』好き、そしてEEをバッシングしていた人にこそ読んでほしいですね。また、本書はアニメと実写の違いを本質的な部分で切り取れているはずなので、「アニメとは何か」を考え直すにはいい入門書だと思います。あとは哲学者かな。

――三浦先生の同業者ですか。

三浦 英米系の科学・数学に密着した分析哲学者って、あまり個別の事例を研究しないんです。「普遍的な真理」に行きがちで、時事的な問題には疎い。だけど、ほんらい哲学は「方法の学問」なので、アニメだろうがゲームだろうが、どんなテーマでも扱えるはず。その哲学的分析の模範演技として本書があるんです。

――たしかに、本書によって『ハルヒ』という作品に対する批評的次元は確実に上がりました。

三浦 デュシャンがただの便器を『泉』と名付けて手軽にやっちゃったことは、コストがかかってないぶん、つまらない。でも、それが20世紀最大の芸術としてもてはやされているじゃないですか。そういう意味では、商業的成功を犠牲にしたEEは『泉』よりはるかにおもしろい。何百倍もすごい。EEは世界に誇るアートだと思いますよ


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【プロフィール】

◆三浦俊彦(みうら・としひこ)
1959年生まれ。東京大学総合文化研究科博士課程単位取得退学。現在、東京大学文学部教授。専門は、美学・分析哲学。和洋女子大学名誉教授。著書に『天才児のための論理思考入門』(河出書房新社、2015年)、『改訂版 可能世界の哲学――「存在」と「自己」を考える』(二見文庫、2017年)など。

◆稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター
1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DUBOOKS)、編集担当書籍に『押井言論2012-2015』(押井守・著、サイゾー)など。「サイゾー」「SPA!」「プレジデント・オンライン」などで執筆。


【イベント情報】

●坂上秋成×三浦俊彦×村上裕一 「『エンドレスエイトの驚愕』の驚愕」

著者である分析哲学の泰斗・三浦俊彦(1959年生まれ)をゲンロンカフェに迎え、
『ゴーストの条件』で独自のキャラクター論を展開した
評論家・村上裕一(1984年生まれ)と、
『涼宮ハルヒのユリイカ』(『ユリイカ』増刊号)に
ハルヒ論「涼宮ハルヒの失恋」を寄せた作家・坂上秋成(同じく1984年生まれ)とともに、
いまあらためて『ハルヒ』と「エンドレスエイト」を語り尽くす……!

日時:2018/05/29 (火) 19:00 – 21:30
会場:ゲンロンカフェ(東京都品川区西五反田1-11-9 司ビル6F)
チケット:前売券 2,600円 1ドリンク付 ※当日、友の会会員証/学生証提示で500円キャッシュバック

お申し込みはコチラから

文・聞き手=稲田豊史

※ 本記事の内容を無断で転載・動画化し、YouTubeやブログなどにアップロードすることを固く禁じます。

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