東京都写真美術館より
■内藤正敏というコスモスを体感せよ
内藤正敏という写真家は、その世界観の巨大さと活動量の規模に比べて、本人を知るための資料が少なく、入手することが容易ではない。日本を代表する写真家、天才アラーキーこと荒木経惟をして「内藤正敏はオレの師匠」と言わしめるほどの作家であるにもかかわらず、圧倒的に知名度が低いのが実情だ。
その内藤さんにとって写真という表現、行為がどのような意味、力を持つのかについて、ご本人が述べている文章を紹介したい。
「写真は異界を視るための呪具だ。たぶん写真が渡来した頃、写真に写されると生命が縮む。という迷信が生まれたのも、御真影という形で天皇制国家の宗教的権威を高めるために写真が利用されたのも、写真本来が持つ“写す”という呪術性からだったに違いない。
写真には、時々、単純にモノを“写す”以上に、シャッターを押した人間が想像もしていなかった世界が“写る”ことがある。そこには写真家が目で見たと思っていた以上の世界が写り込んでいることがあるのだ。(中略)そんな写真が写っていた時、写真は、人間の頭で考えていた観念的なものをこなごなに破壊してくれるばかりか、いろいろの想像力を湧き出させてくれる」(『日本写真全集9 民族と伝統』 小学館、1987年)
「最近、私は即身仏修行者や山伏、イタコなどのシャーマンと写真が実によく似ているように思えてならない。シャーマンは、この世とあの世の境界に生きて、異界を幻視する。写真も現実と幻想世界の紙一重のような境目にあって、ちょっとした偶然で、もう一つの世界を写し出す。それはちょうどイタコが祭文をよむことによって、生死の境を越えて、あの世から死者を呼び出したり、山伏が修行によって、秘所から異界へトリップすることにそっくりだ。
写真が現実を写すだけのものと、狭く考えるのは間違いだ。写真は見えない世界を写しだすこともあるからだ。写真は、意識の内側と外側、現実と幻想の間にただよう“境界芸術”なのではないだろうか」(『日本写真全集9 民族と伝統』 小学館、1987年)
写真という「モノの本質を幻視できる呪具」と民俗学という「見えない世界を視るための“もう一つのカメラ”」を両輪として、50年以上もの間、写真家として膨大な数の写真を撮り、民俗学者として数多の論文、著書を発表し続けてきた内藤さん。今回の展覧会は、内藤正敏というもう1つのコスモスを知るための格好の機会だ。会期は残り少ないが、ぜひとも足を運んでいただきたい。
最後に、今回の展覧会に際して東京都写真美術館から刊行された展覧会図録(2,160円)は必見だ。
この図録には、展覧会で公開された作品写真の画像、作品リスト、これまで各媒体で発表された内藤さんのインタビュー記事の抜粋、専門家による解説など、写真家・内藤正敏の活動の軌跡、思想を知るうえで参考になる必要最小限な情報が網羅されている。現状、この図録以上に内藤正敏のコスモロジーを知るために最良な文献はない。展覧会に行った人はもちろん、行きそびれた人はならなおさら、入手することをお勧めします。
■作家プロフィール
内藤正敏(ないとう・まさとし)
1938年東京都生まれ。早稲田大学理工部で化学を専攻後フリーの写真家になり、初期は宇宙・生命をテーマに化学反応を撮影する「SF写真」に取り組んだ。25歳で即身仏に出会ったことをきっかけに、羽黒山伏の入峰修行に入る。写真集『婆 東北の民間信仰』(1979年)、『出羽三山と修験』(1982年)、『遠野物語』(1983年)、『東京 都市の闇を幻視する』(1985年)などを発表。多数の研究書・論文などを発表する民俗学者でもある。元・東北芸術工科大学院教授、東北文化研究センター研究員。
■展示インフォ
「内藤正敏 異界出現 Naito Masatoshi: Another World Unveiled」
主催:東京都、東京都写真美術館、朝日新聞社
期間:2018年5月12日〜7月16日
開館時間:10:00―18:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週月曜日 (ただし7/16[月・祝]は開館)
場所:東京都写真美術館
住所:東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
URL:https://topmuseum.jp/
■図録
URL:http://www.nadiff-online.com/?pid=131554173
※ 本記事の内容を無断で転載・動画化し、YouTubeやブログなどにアップロードすることを固く禁じます。