夜な夜な敬礼する「少年兵の像」を現地取材! 真夜中になると手が上がり… 悲しいストーリーも!?=大分県

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 大分県大分市内の墓地に少年がモチーフとなっていると思われる兵隊の像が立っている。この像は、住宅街の一角にある墓地にぽつんと立っていて、夜中になると敬礼をすることがあるという。

 この土地に言い伝えられている話によると、像が作られた頃は、右手を挙げて敬礼をしていたという。しかし、その手は少しずつ下がっていき、最後には、完全に下ろしてしまったという。草やぶをかき分けて像に近づいてみると、右手の付け根の部分は、軍服にぴったりとくっついていた。袖と右側にあるポケットの間にも隙間のようなものはない。コンクリートで作られたものと見られるが、本当にそんなことが起こりうるのだろうか?

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「かつてあの兵隊の像の右手が挙がっていたという話は、亡くなった父から聞いたことがあります。まだ、自分が幼い頃でした。日露戦争のときに戦死した戦没者の像だと言っていたような記憶があります。あの像の下には、お骨は入っていないと言っていたと思います。お墓は、九州の別のところにあるのでしょう。父は、昔からこの辺に住んでいて、墓地のそばにある空地で遊ぶことも多かったそうです。確かに年月を重ねるごとに右手が下がっていったと言っていました。父は、像を作った人が工作をしていると思っていたようです。戦前には、もう右手は完全に下がっていたようですね。わたしが記憶にあるのは、まだ服などにペンキが塗られていた頃です。濃い緑色に塗られていたと思います。昭和30年代の後半だったでしょうか。まだ、誰かが管理をしていたのでしょうね」(80代の男性)

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 兵隊の像の顔を見ると、あどけない顔をしている。年の端は、16~7歳といったところだろう。男性の言うように、兵隊の着ている軍服の作りから考えると、モデルとなったのは、日露戦争の戦没者なのかも知れない。大分市内には、日露戦争の慰霊碑などが相当数、建立されているという。それだけ多くの人がこの地から外地に送られたのだろう。このような像を建立するためには、それなりの費用がかかる。まだ貧しかった時代、このようなことができたということは、家柄も良かったと考えることができる。

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「これは噂に過ぎませんけど、若い人たちは、夜中になるとあの像の右手が挙がっていると言ってよく騒いでいますね。わたしはコンクリートで作られたものが動くとは思えないのですが、何人かが見ているようですね。本当だったとしたらちょっと怖いですね。まだ成仏していないのでしょうか……」(同)

 この兵隊の像が本当に日露戦争以降に建立されたものだとすれば、100年以上ここに立っていることになる。周囲にある墓石の多くは、野放し状態となっていることから倒れてしまったものもある。あまりに寂しいことだ。噂に聞くように、この兵隊の像が右手を挙げるくらいならまだマシな方なのかも知れない。万一、真夜中に歩き出すようになったら大騒ぎになってしまうことだろう。

文・写真=酒井透

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