■史上稀な写真作品が生み出された理由
ーーそもそも、一国の元首を公務で撮った写真を素材に、それも、総統府の職員である写真官が作品化するということは極めて稀なことだと思うのですが、どうして実現できたのでしょうか?
林 オフィシャルな写真でありながら、それをアートとして作品化することは新しいチャレンジでした。要は、アーティストである私が撮影した被写体が、たまたま中華民国総統だったということですが、実現できたのは、多元的な表現を可能にする土壌が台湾にあったからです。
ーー写真展のオープニングトークで対談相手を務めた劇作家・演出家の大岡淳さんも言っていたのですが、普通、専属カメラマンが国家元首を撮る場合、その人が美しく、凛々しく見えるように撮りますよね。大岡さんの言葉を借りれば「個人崇拝を導ける写真」を。でも、そのタイプの写真は1点もありません。たとえば、蔡総統のポートレートは、そのような写真には思えませんでした。
林 あの写真は、彼女が総統に就任する前、私が総統専属写真官になる前に撮った写真、つまり、国家元首と専属写真官という政治的な意味付けをされる以前のシンプルな境遇で撮ったものです。そのうえ、宣伝向けのカットを大量に撮ったあと、周囲からのさまざまな要求から解放され、政治家としての仮面や鎧をはいだ時のひとコマなんです。
ーー写真について、蔡総統ご自身はなんと言っていましたか?
林 「アート作品として、見た人と分かち合ってもらえるのはいいことだと思う。でも、一女性としては嫌だ」と言っていました。やはり、綺麗に見せたい、髪の乱れであったりが写っていることが嫌。そう感じていることは伝わりました。
ーー懐の深い方なんですね。