ーー先ほどの、「空間、建築、ランドスケープ、人物、肖像等々」というお話から、「総統」という概念は一個人に属しないということだけでなく、属する対象は人でなくてもいい、という見方もできるかもと思いました。まるで、万物に神が宿るという八白万の思想。「総統という概念は万物に属しうる」と言うとラディカル過ぎますが。
林 もしなにか言えるとすれば、総統というのは政治的儀式の象徴であり、儀式そのものでもある。それは民主国家の象徴でもあるし、制度の象徴でもあるし、民の象徴でもある。つまり、「総統」という言葉が指す対象は、必ずしも人間だけではないということですね。
ーー「総統」という概念は多面的で、林さんの作品を通して、見た人各々の固定観念は揺さぶられる。
林 スマートフォンの画面に表示された蔡総統の写真を集めた作品がありますね。
ーー見ました。まるで『ポケモン』のようだと思いました。
林 「総統とは儀式の象徴だ」と言いましたが、一般民衆にとっては通常手の届かない存在でありながらも、彼らのSNSで見る写真のなかの総統は民衆に身近な存在として振舞っているし、民衆も、本心はわかりませんが、総統を近しい存在として認識しているように写っています。そこからにじみ出ることとして、総統の神性さというものはすでに解体されている、ということも提示しているんです。
ーートークのモデレーターを務めた写真評論家のタカザワケンジさんも言っていたけれど、「総統府首席写真官」と「アーティスト」という立場を1人で務めるなんて、分裂していますね。
林 そうかもしれません。しかし、アートという1点にシンプルに立ち返ってそれぞれを融合することは、私だからこそできることなのだと思っています。
(文・渡邊浩行/モジラフ コーディネート、通訳・池田リリィ茜藍)
■作家プロフィール
林育良(リン・ユーリャン/MAKOTO LIN)
1977年台湾生まれ。写真家。中華民国総統府首席写真官。台湾DAPA撮影芸術協会常務理事。台湾高速鉄道で専属カメラマンを務めたのち、民進党党首だった蔡英文氏の専属写真官になる。2016年、蔡政権発足と同時に中華民国総統府首席写真官として招聘される。自身の職責を果たしながらも、既存のジャーナリズム写真の枠組みから離れた地平から、一国の元首である「総統」の持つ喚起力や多面的な解釈を最大限に引き出し、ドキュメンタリー写真のあり方を独自に模索している。2018年に、TIFA(日本)、IPA(アメリカ)、PX3(フランス)受賞作家となる。
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