「芸人ってこんなにずっとお笑いのことを考えているのか!」 元放送作家が書いたリアルなお笑い芸人小説『ワラグル』がガチすぎる!

『ワラグル』(小学館)

『22年目の告白-私が殺人犯です-』『AI崩壊』などの作品で知られる作家の浜口倫太郎氏の最新作『ワラグル』(小学館)が7月14日に刊行された。

 この作品の舞台はお笑い業界。『KING OF MANZAI(KOM)』という漫才の大会に挑む若手芸人たちの苦闘を描いている。

 浜口氏はもともと大阪で放送作家として活動しており、数々の番組を手がけてきた。その経験を生かしたリアリティのある描写が楽しめる作品となっている。

『ワラグル』の刊行を記念して、浜口氏とお笑い評論家のラリー遠田の対談が行われた。浜口氏とは以前から交流があり、普段からお笑い談義をしているというラリーは、この作品をどう読み解いたのか。

リー:まずは今回の作品を書くきっかけをうかがいたいと思います。浜口さんはずっと前からこの企画の話をされていましたよね。

浜口:してましたね。

ラリー:最初にこの作品の構想が生まれたのはどのくらい前なんですか?

浜口:構想は作家としてデビューした頃からありました。僕はポプラ社小説大賞の特別賞を受賞して、2011年に『アゲイン』(ポプラ社)という作品でデビューしたんですけど、それはピン芸人が主人公の話だったんです。

 実はそのときも漫才師の話を書きたいとは思っていたんですけど、漫才って小説に書く上ではめちゃくちゃ難しくて。デビューしたばかりの僕の技術ではそれができなかったんです。

ラリー:では、作家になった最初の時点から書く計画はあったっていうことなんですね。

浜口:そうですね、十何年後くらいには書けたらな、ぐらいのイメージでした。

ラリー:それで、今回の作品は浜口さん自身が小学館に企画を持ち込んだんですか?

浜口:いや、これも縁なんですけど、知り合いの作家さんに小学館の編集者さんを紹介していただいたことがあったんですね。そうしたら、その人がすごくお笑いが好きな人だったんです。

「お笑いの話を編集人生で手がけなかったら悔いが残る」みたいなことを言っていたので、それだったらこれを書きますか、ということになって。僕としてはまだちょっと早いかなと思っていたんですけどね。というのも、これってストレートな話じゃないですか。小説ではストレートって弱いんですよ。王道の物語ってあんまり読まれなくて、やっぱりちょっとひねってあったり、ミステリー的だったりした方がいいんです。

 だから、僕としてはまだ「うーん……」っていう感じだったんです。でも、小説家として20年、30年活躍するためにストレートの力を鍛えてきたのもあったので、小説家デビュー10年目の集大成として書いてみることにしました。編集者さんに背中を押していただきましたね。

浜口倫太郎氏

ラリー:なるほど。私が読んだ感想としては、リアリティのある部分とフィクションの部分のバランスがちょうどいいな、と思いました。

 やっぱりこういうのって、お笑い好きとしてはディテールが気になるじゃないですか。細かいところがあまりにも非現実的だとさめてしまったりするんですけど、かといって全部が全部リアルだとそれはそれで小説として面白くない。そこのバランスが絶妙だなと思いました。

 たぶんこういうのを関係者じゃない人が書くと、過剰に美化してしまうようなところもあると思うんですよ。でも、浜口さんはリアルな現場を知っている方なので、お笑いの世界の厳しさもきっちり書かれているところが良かったと思います。

浜口:ありがとうございます。芸人に放送作家がついて、家庭教師みたいに一方的に指導をしていくって、現実にはあんまりないじゃないですか。だから、そこを最初にグッと押し出すことで「そこまで現実的な話じゃないよ」っていうのを見せたかったんです。その中でどれだけリアリティを持ち込むのか、というふうに考えていました。

ラリー:これを書くにあたって、浜口さんから私に対して「小説のキャラに『ラリー』っていう名前を使わせてもらえませんか?」っていう話が来て。こういうのってだいたいチョイ役じゃないですか。だから、「別にいいですよ」って気軽に答えたんですけど、いざ仕上がった作品を読んでみたら、がっつりメインキャラクターだったので驚きました(笑)。

浜口:あれには一応理由があるんですよ。作品に登場する放送作家のペンネームとして使わせてもらったんですけど、この小説の中でそれが結構重要な役割なんですよ。

ラリー:そうなんですよね。

浜口:それで、実際の放送作家のペンネームってちょっと変なものが多いじゃないですか。片仮名で真面目っぽさもない、みたいな。

ラリー:わかります。軽い感じのやつですよね。

浜口:そう、ちょっと軽すぎるんですよね。だから何か良い名前ないかなって考えていたら、ラリーさんのラリーってめちゃくちゃ良いなと思って。腰砕け感とちょっと重厚な感じが絶妙な名前なんですよ、それで使いたかったっていうのはあります。

ラリー:それはこっちとしては光栄なんですけど、私もちょっとお笑いにかかわっているので、見る人が見たらそれを連想させるところがあるかもしれないじゃないですか。それがこの作品の邪魔になったら申し訳ないな、っていう気持ちはありました。

浜口:ラリーさんはこういうのではしゃぐようなタイプの人じゃないんで、たぶん大丈夫だと思いますよ。

ラリー:タイトルの『ワラグル』は「笑いに狂う」ということだと作品内で説明されていますが、これは浜口さんの造語ですよね。

浜口:はい、造語です。

ラリー:でも、お笑いの世界を知れば知るほど、芸人ってみんな「ワラグル」じゃないですか。

浜口:そうですね、芸人は全員そうだと思います。

ラリー:だから、作品の中で、芸人がここまで笑いに狂うのか、みたいな描写もありますけど、そこは割とリアルですよね。この作品を読んだ人の中には「芸人ってこんなにずっとお笑いのことを考えているのか?」って思う人もいるかもしれないけど、実際考えてるんですよね。

浜口:そうなんですよね。昔、テレビを見ていたら、しましまんずの藤井(輝雄)さんがほかの芸人たちにガッて詰められて、「何がおもろいかわからん!」って叫んだんですよ。僕はあれがすごく印象に残っていて。でも、あれがお笑いの本質だと思います。

 突き詰めれば突き詰めるほど笑いってわからなくなるじゃないですか。数学と違って答えがないので、そこをずっと考え込んでいたらおかしくなるやろなって。

ラリー遠田

ラリー:たしかに笑いって本当につかみどころがないというか、よくわからないところがありますよね。

浜口:昔、筒井康隆先生が「アメリカのコメディアンは自殺率が高い」みたいな話をされていたんですけど、ほんまに死ぬ気でやらないと勝てへん、みたいなところもちょっと出したかったんですよね。

ラリー:『M-1グランプリ』とかでも、普通の人は決勝のあの晴れ舞台だけを見て、あのネタが面白いとかこのネタがつまんないとか気軽に言いますけど、芸人はあそこに行くまでに1年とかそれまでのキャリア全部をかけて、ネタを作り込んでいるわけじゃないですか。だから、そこの部分には普通に見ているだけではわからないすさまじいものがありますよね。

浜口:すごく考えて作ったものでも、その裏にある努力は全然見えないじゃないですか。僕らでさえ、頭ではわかっていても、見るときには軽く見てしまうじゃないですか。そこに笑いの幸福と不幸みたいなものがありますよね。

 お笑いをテーマにする小説を書きたかったけど書けなかったというのは、それもあります。必死で書いても、しょせんお笑いでしょって軽く扱われるのが嫌だったんですよ。だから、この構想が自分の中で思いつくまで温めていたんです。

ラリー:たしかに、元・放送作家の人がお笑いをテーマにして小説を書きました、っていうのだけを聞くと、なんとなく安直な感じがしてしまいますよね。

浜口:そうなんですよ、それが嫌で。小説家と放送作家どっちも10年ずつやってきたので、その経験をした人間にしか書けないものを書きたかったんです。

ラリー:たしかに、読んでみると決して安易な作品ではないし、両方の経験があるからこそ書けるものになっていますよね。小説としての仕掛けみたいなものも入っていて、お笑い好きでもそうじゃない人でも楽しめる作品だと思います。
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浜口倫太郎(はまぐち・りんたろう)
1979年奈良県生まれ。漫才作家、放送作家を経て、2010年『アゲイン』で第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し小説家デビュー。著書に『シンマイ! 』『廃校先生』『22年目の告白―私が殺人犯ですー』『AI崩壊』『お父さんはユーチューバー』など多数。

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文=ラリー遠田

作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。

Twitter:@owawriter 書籍情報:https://owa-writer.com/

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