カップルを次々惨殺「恋人殺人事件」30年後に判明した真犯人とは? 犠牲者は数百人か、超凶悪シリアルキラーの素顔
1977年8月8日、米オハイオ州ノートンで、ウィリアム・ラヴァコ(当時21)とガールフレンドのジュディ・ストラウブ(当時18)の遺体が発見された。行方不明だった2人はショットガンで首を撃たれて死亡した。
3年後の1980年8月9日、ウィスコンシン州ウォータータウンで、ティモシー・ハック(当時19)とガールフレンドのケリー・ドリュー(当時19)の結婚披露宴が行われていた。2人はパーティー後に友人と会う予定だったが、そのまま姿を消してしまった。48時間後、警察は2人を捜索したが、見つかったのは衣服だけだった。
10月19日、ハックとドリューの腐乱した遺体が森林で発見された。ドリューは絞殺、ハックは刺殺されていた。ドリューの衣服には精液が付着していたため、性的暴行の可能性が指摘された。
この事件は「恋人殺人事件(Sweetheart Murders)」としてセンセーショナルに報じられた。大規模な捜査が実施されたにもかかわらず、事件解決に至る手がかりは尽きてしまった。しかし、警察が尋問した人物の中に便利屋のエドワード・ウェイン・エドワーズがいた。
■5人の殺害を認めたエドワーズの生涯
エドワーズは1933年6月14日にオハイオ州アクロンで生まれた。父親は不明で、母親は2歳のときに自殺した。エドワーズは1940年から8年間を孤児院で過ごし、その後の2年間をペンシルベニア州にある教護院(若者の教練と訓練が行われる拘留施設)で過ごした。
アクロンに戻ったエドワーズは強盗を繰り返し、逮捕されて少年院に収容されたが、ノースカロライナ州ジャクソンビルに駐留する海兵隊に入隊すると同時に釈放された。しかし、フロリダ州ジャクソンビルで罪を犯して再び逮捕され、海兵隊から除隊された。
エドワーズはその後、小切手偽造や強盗などのさまざまな犯罪で何度か逮捕され、有罪判決を受けて服役した。脱獄したこともあり、逃亡中にはマレーネという女性と結婚した。1967年に仮釈放された後、再婚して1972年に自伝『犯罪者の変容:エド・エドワーズの真実のライフストーリー』を出版。さらに、妻とともに里親制度にも登録した。
1980年、ハックとドリューの遺体が発見された直後、エドワーズは家族とともに急いで引っ越し、その後は全国を転々とした。1982年12月、ペンシルベニア州に引っ越したエドワーズは、賃貸住宅に放火して逮捕され、2年以上の懲役刑を言い渡された。
釈放後の彼が何をしていたのか詳しくは判明していないが、1996年に養子であるダニー・ボーイ・エドワーズ(当時25)がオハイオ州バートンの自宅近くの森で、顔を2回撃たれた射殺体となって発見される事件が発生した。陸軍の兵士だったダニー・ボーイの遺体はハンターによって発見された。警察はエドワーズに尋問しているものの、彼が起訴されることはなかった。
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