時計が止まったとき ― “祓えんほど強か念”が円満夫婦を恐怖に陥れる【実話怪談】

 作家・川奈まり子の連載「情ノ奇譚」――恨み、妬み、嫉妬、性愛、恋慕…これまで取材した“実話怪談”の中から霊界と現世の間で渦巻く情念にまつわるエピソードを再掲する。

UnsplashBenjamin DeYoungが撮影した写真

時計が止まったとき

 関西在住の竹田昭仁さんと妻の佐登子さんは、共に郷里の九州で小・中・高と同じ学校に通い、26歳で結婚した。現在、お2人は52歳。最近お子さんが就職を機に独立され、久しぶりに夫婦水入らずの日々を過ごしていらっしゃる。

 昭仁さんと佐登子さんは、高校卒業後にそろって親元を離れ、入籍までの約7年間を大阪で暮らした。社会に出て初めて経験する試練の数々を、励まし合い、助け合って乗り切った――このことが2人を強く結びつけたわけだが、当時はもう1人、大切な仲間がいた。

 佐登子さんの親友、静江さんだ。

 彼女も同じ高校出身で、ほぼ同時に大阪に来た。だから、静江さんが2人より一足早く、23歳で大阪の男性と結婚したとき、誰よりも祝福したのは佐登子さんと昭仁さんだし、やがて彼女が子宝を授かると、2人はまるで自分たちのことのように喜び、親身になって応援した。

 ことに佐登子さんは、すでにその頃、昭仁さんと将来を誓い合っていたので、静江さんの妊娠や出産が他人事のようには思えなかったのだろう。

 だからこそ、実家から遠く離れて子育てすることの苦労も知ることになり、それが昭仁さんとの将来設計にも影響したのかもしれない。

 静江さんが結婚した頃から、佐登子さんは、将来は昭仁さんの仕事をサポートしながら子育てしたいと夢見るようになっていた。昭仁さんは、この数年の努力が実ってイラストレーターとして才能を開花させつつ、同時に、オートバイのメカニックとしても独り立ちできる実力をつけていたのだ。

 そして、昭仁さんもまた、夫婦二人三脚で働きながら子供を生み育てることを真剣に思い描いていた。「子供」の2文字から彼の頭に浮かぶのは、郷里の川や野山だった。

 ――そうだ、故郷に帰ろう。

 仕事にせよ育児にせよ、双方の実家に協力してもらえれば、自分たちの負担はそれだけ軽くなる。自然が豊かな環境も、子供にとっては好ましい。

 静江さんと離れ離れになるけれど、大人になるとはそういうことだ――。

 結婚と帰郷の計画を打ち明けると、静江さんは「寂しゅうなるなぁ」と言いながらも、2人の門出を祝ってくれた。

shotarrow sakamotoによるPixabayからの画像

■引っ越しの餞別にもらった「時計」

 このとき静江さんは第二子を妊娠していて、かなりお腹が大きくなっていたが、大阪市内で挙げた結婚式には3歳になる長男を連れて出席し、彼らの出立直前にも、子供の手を引き、餞別を届けに来てくれたという。

「これ引っ越し祝い。昭仁くん、田舎に帰ってん頑張りなっせ」

 静江さんから贈られたのは壁掛け時計で、円い文字盤の12・3・6・9のアワーマークに小さなピエロの飾りが付いていた。

「わあ、むぞらしか(可愛い)! ありがとう!」
「うちもたまには里帰りするけん、また連絡するばい」
「静江ちゃんも子育て頑張って。うちらもそのうち遊びにくるけんね!」

■止まった時計

 新婚の竹田さんご夫妻は、大阪のそれぞれのアパートを引き払って、昭仁さんの実家に引っ越した。1991年の春のことだったという。

 その頃、九州の昭仁さんの家族は、同じ敷地の中に家を2棟建てて暮らしていた。1棟には昭仁さんの両親が住み、もう1棟は寡婦となった父方の祖母の住居と母の美容院を兼ねていた。

 昔は後者の方が母屋だったから部屋数が多く、2階の部屋が余っていた。昭仁さんと佐登子さんは、まずはそこに住まわせてもらって、事業の立ち上げと営業に専念することにしたのだ。

 ピエロの壁掛け時計を2階の居間兼食堂に飾ると、静江さんに見守られているような気がして、勇気づけられた。

 毎朝、美容師をしている昭仁さんの母が1階の美容院に出勤してきて、母のお客さんたちがひっきりなしに訪れる生活は、にぎやかで忙しなく、あっという間に1年が過ぎた。

 また春が巡ってきた頃のある朝、ピエロの壁掛け時計が止まっていることに佐登子さんが気づいた。

 夜、寝室に引きあげる前に見たときは動いていたのに、電池を入れ替えても動かず、昭仁さんが直そうとして悪戦苦闘していると、母が来たのだが、いつもと違って美容院を開けずに、2階に上がってきた。

首がたいぎゃ痛かとばい。こりゃ寝違えやなか、霊んしわざやて思うばってん、あたたちは平気と? 《先生》んところへ行こうて思うけん、店ば貼り紙して閉めといて

 母の美容院の常連客の中に霊能者がいて、《先生》というのはその人のことだ。母自身も少し霊感があり、《先生》は同じ町内に住む同年輩の女性でもあったことから、前々から2人に親交があることは昭仁さんも知っていたが、母が仕事を休んでまで《先生》に霊視してもらおうとしたのは初めてだった。

 よほどのことだと思っていたら、《先生》を訪れてから3時間ほどして帰宅した母が言うことには――。

「あたが入ってきた途端、うちには祓えんほど強か念が近づいてきたけん、来んで!来んで!て思うた。
あたがつれてきたモノは、あたん息子しゃんと同じ年頃ん女性ばい。
あたん首が痛むんな、こん方が首ん骨ば折っとるせいばい。
こん女性は、あたん息子しゃんご夫婦ばたよってきたばってん、息子しゃんたちには霊感がなかったけん、あたん方に飛んできたんごたる。そん方が誰かわからんうちは、うちにはどうすることもでけんわ」

 ――と、霊能者の《先生》に告げられたそうだ。

イメージ画像 Created with DALL·E

母「ちゅうわけやけん、昭仁、首ん骨ば折った同級生に心当たりばある?」
昭仁「そぎゃん話は聞いたこともなか。病院に行った方がよかやなか?」

 その時点では、昭仁さんも佐登子さんも、静江さんのことは思い浮かばなかったそうだ。しかし、その夜、昭仁さんに大阪の友人からこんな電話がかかってきたのだった。

「今テレビのニュースで見てんけど、昨日の夜中に静江ちゃんがマンションの屋上から飛び降りて……。信じたないけど、どうやら間違いあらへん! 子供たちも死体で見つかって、警察は無理心中やと見て捜査してんって! 昭仁と佐登子ちゃん、いちばん仲が良かってんさかい、静江ちゃんから何か聞いてへん?」

 昭仁さんは一瞬頭の中が真っ白になった気がした。

「何も聞いとらんばい! そぎゃんこつありえん!」
「俺かて信じたないで! やけど、年齢も名前も、子供たちの歳までいっしょなんやさかい、しかたがあらへんやろう? 静江ちゃん、遺書を残しとったって。だんなが浮気して悩んどったらしいってニュースで言うとった」

 電話を切って、聞いたことを佐登子さんに告げると、佐登子さんは「えっ」と言ったきり絶句して、ガタガタ震えながら静江さんの携帯電話に電話をかけはじめた。電波が届かないか電源が入っていないためかからないとわかっても、何度も何度も……。

「佐登子ちゃん、もうやめなっせ! どうやら本当ばい。もしかするとピエロん時計が止まったんな、そのせいなんやろうか? 母ちゃんの首が痛かとも。《先生》が言うとったこととピッタリ重なるやなかか?」
「うちんせいやわ! 静江ちゃんの旦那しゃんが浮気しとるんやなかかって、うち、なんとのう気づいとった。なんに、静江ちゃんば置いてきてしもうた! うちらばっかり幸せになって、静江ちゃんば見殺しにしてしもうた!」

 昭仁さんがその後、新聞やテレビのニュースを調べたり、静江さんの遺族から聞いたりしたところでは、静江さんは自宅で二児を絞殺したあと、夫の愛人が住むマンションに行き、ピエロの時計が止まった夜のうちに、屋上から飛び降りて首の骨を折って即死していた。

 佐登子さんは自分を責めつづけ、衝撃からなかなか立ち直れなかった。やがて妊娠したことがわかると、静江さんへの申し訳なさから産むことをためらい、苦悩のあまり臥せってしまった。

 しかし朝晩、静江さんに哀悼を捧げるうちに、母の首から痛みが取れて、佐登子さんも再び元気を取り戻した。静江さんとお子さんたちの分までも精一杯生きようと夫婦で誓い合い、子供も無事に産まれた。

 ただし、立ち直った佐登子さんは、二度と静江さんの名前を口の端に上らせなくなった。ピエロの壁掛け時計も、いつの間にかどこかへ片づけてしまって、今でも、まるで静江さんが最初からいなかったかのように振る舞っている。

 昭仁さんはそんな妻にずっと合わせてきたが、春が来るたびにこの悲しい出来事を思い出しては、誰かに伝えたくてたまらなくなるのだと言い、このたび私に話してくれた次第である。

 

※当記事は2018年の記事を再編集して掲載しています。

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文=川奈まり子

東京都生まれ。作家。女子美術短期大学卒業後、出版社勤務、フリーライターなどを経て31歳~35歳までAV出演。2011年長編官能小説『義母の艶香』(双葉社)で小説家デビュー、2014年ホラー短編&実話怪談集『赤い地獄』(廣済堂)で怪談作家デビュー。以降、精力的に執筆活動を続け、小説、実話怪談の著書多数。近著に『迷家奇譚』(晶文社)、『実話怪談 出没地帯』(河出書房新社)、『実話奇譚 呪情』(竹書房文庫)。日本推理作家協会会員。
ツイッター:@MarikoKawana

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