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私はいま歩いている!「Wikipedia」より引用

 昨今、我々の現実はコンピュータシミュレーションに過ぎないと唱える「シミュレーション仮説」が盛んに議論されている。トカナでも以前、英・オックスフォード大学のニック・ボストロム教授やフューチャリストのレイ・カーツワイル氏といった科学者が同説に賛同しているとお伝えした。

 また、科学分野のみならず、「スペースX」社CEOであるイーロン・マスク氏も、人間は現実とVR世界の区別がつかなくなっていくだろうと予言しているように、今後シミュレーション仮説に関する話題は増えていくものと考えられる。VR元年といわれる今、改めて「シミュレーション仮説」の可能性を哲学的・理論的にガッツリ考えてみたい。


■現実は「水槽の中の脳」が見ている夢

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ヒラリー・パトナム「Wikipedia」より引用

 ご登場いただくのは、アメリカの哲学者ヒラリー・パトナム(1926-2016)。民主党大統領指名候補ヒラリー・クリントンと同じ名前だが、パトナムは男性。哲学の中でも特に英語圏で支配的な「分析哲学」や「科学哲学」で活躍した、20世紀を代表する哲学者の1人だ。その影響は、英語圏にとどまらず、分析哲学とは犬猿の仲と噂されるドイツやフランスを中心とした「大陸哲学」にまで及んでいる。残念なことに、パトナムは今年3月に亡くなったが、彼の著作は第一級の哲学書として今後も読まれていくだろう。

 さて、パトナムは多くの洞察に富んだ「思考実験 (thought experiments)」を残している。その中でもひときわ有名なものが、主著『理性・真理・歴史―内在的実在論の展開』(法政大学出版局)で紹介された「水槽の中の脳 (Brain in a vat)」だ。簡単に説明しよう。

「科学者が、ある人から脳を取り出し、特殊な培養液で満たされた水槽に入れる。そして、その脳の神経細胞をコンピュータにつなぎ、電気刺激によって脳波を操作する。そうすることで、脳内で通常の人と同じような意識が生じ、現実と変わらない仮想現実が生みだされる。このように、私たちが存在すると思っている世界も、コンピュータによる『シミュレーション』かもしれない」

 まるでマトリックスの世界だ。これは、そのまま「シミュレーション仮説」のことではないだろうか? そう、実はパトナムは1981年の段階ですでに「シミュレーション仮説」を思考していたのだ。


■デカルトとカントも「シミュレーション仮説」を唱えていた

 驚くのはまだ早い、なんと「水槽の中の脳」の元ネタは17世紀フランスの哲学者ルネ・デカルトと18世紀ドイツの哲学者イマニュエル・カントだと言われている。どうやら哲学者は何百年も本気で「仮想現実」に取り組んできたようだ。一体この2人の大哲学者はどのような「シミュレーション仮説」を唱えていたのだろうか? まずは、デカルトの思考から見ていこう。


●現実は悪魔が生み出した幻想=デカルト

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デカルト著『省察』「Wikipedia」より引用

 デカルトといえば、「われ思う、故にわれ有り(Je pense, donc je suis)」という言葉が有名だが、実はこの言葉が暗に示しているものこそ「シミュレーション仮説」だといわれている。デカルトは、このことを説明するために、パトナムに負けず劣らずの奇抜な思考実験を試みている。みてみよう。

「もし全知全能の悪魔が私を欺いているとしたら、本当は1+1=5であるのに、『1+1=』と私が思考するたびに、悪魔に欺かれて『2』を導き出してしまっている可能性」があるとデカルトは考える。つまり、われわれが現実だと思っているものは、全て悪魔に欺かれた結果に過ぎず、“本当の現実”は全く別物であるかもしれないというのだ。

 このデカルトの思考実験も「シミュレーション仮説」にそっくりではないだろうか? つまり、「われわれの通常の現実は嘘で、“本物の現実”はわれわれの知らないところにある」という点が共通している。それでは、次にカントをみてみよう。

コメント

5:匿名2016年8月 8日 13:01 | 返信

これは釣りなのかな?
一応マジレスしときますけど、アジア人なめんな、と。
私が知ってるコレ系のもっとも古い哲学は、紀元前300年前後の中国人、荘子の「胡蝶の夢」ですが。
胡蝶の夢を知らない人はwikipedia。
で、この哲学をベースにさまざまな作品を作っているのが押井守監督。
私がはじめてこの考えを知ったのは中学2年、まさに押井守監督のうる星やつら2ビューティフルドリーマーでした。
その後、攻殻機動隊により、脳と脊髄の一部以外機械という主人公が、自分は本当に人間なのか?という哲学的な問題に悩みますが、いやいやでは人間とはどこからどこまでなのか?カットされた髪や爪は自分か?もし脳とネットワークが直接接続されるようになり、ウィルス感染、リモートコントロール、記憶改ざんなど行われた場合、自己とは、生命とは一体何なのかという、具合悪くなる思考を我々に見せつけたのはご存じの通りです。
しかも、です。この攻殻機動隊に影響されたという映画マトリックスが有名になるはるか以前に、佐藤マコトという漫画家が、読み切りのSF漫画で、まるでマトリックスの原作か?と思うような作品を作ってます。
違いは人類がソレを望んだという事だけです。
勿論ヨーロッパの哲学者やアメリカのSF作家なども多数おり、みんなお互いに影響されあってる気はしますが、現状では日本のSF作品の方が一つ先を行ってる気がします。
最近ハリウッドがソードアート・オンラインを実写化するって事で話題になりましたが、この作品は哲学的思考を一旦置いておいて、VRの世界と医療の可能性を描いており、これもまた先を行ってるなぁと思います。

4:匿名2016年8月 5日 23:52 | 返信

考え出すと止まらなくなっちゃう

3:匿名2016年8月 5日 15:38 | 返信

駄文。

2:匿名2016年8月 5日 11:37 | 返信

パソコンで言うなら、データが魂で、体が本体。死んだらデータがディスクのように抜かれて転生ってか?

仮想空間の中にいて、仮想空間を作る。
多次元な発想だけどね。

それなら、この世界は仮想空間とするなら。

死んだときに、自分がゲーム的なアトラクションの為にこの世界に入ったと思い出すのかな?

それは、それで面白いが。
何故こんな世界に入ろうとしたのかが謎だと思う。

働いて、お金を稼いで時間を費やす。
奴隷の気分に浸るのか、もしくは。

人生ゲームをプレイ中なのか。
それなら、自分は。現在。

おい。悲しく成ってきたぞ。

1:匿名2016年8月 5日 11:12 | 返信

サルトルの「無化」との関係は?

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