>  >  > 稀代の変態サイコパスだったスターリンの右腕・ベリヤ大解剖

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ラヴレンチ―・ベリヤ(1899・3・29~1953・12・23)鼻眼鏡が終生変わらない彼のトレード・マークだった。

 さて前回ラヴレンチー・ベリヤの歩んだ人生を、スターリンによる粛清と第二次大戦前後の動乱時代のソビエトの時代背景と絡めながら取り上げた。しかしこれだけでは“怪奇人物”としてのベリヤ、その異常性を紹介するには不充分である。絶対的権力を掌握する独裁者のいわば“虎の威を借り”、強権を発動することで民衆を抑圧し、自己の栄達や保身を図る人物は歴史上他にも多く存在しており、それだけでは“怪奇人物”とは言えないからだ。

 ベリヤの場合、スターリンという権力者に取り入り、権力をほしいままにしたことそのものよりも、その生来のサイコパス的気質、そしてその欲望の異常性と残虐性にこそ、彼の“怪奇人物”としての本質が存在するのであり、彼の異常性・残虐性を示すエピソードや逸話は枚挙に暇がないのである。今回は彼の欲望の異常性・残虐性を示すエピソードや証言を取り上げることで、生まれながらのサイコパスでありサディストであるベリヤの持つ残虐性を浮き彫りにし、彼の異常性によりいっそう肉薄したい。


■稀代の猟色家でサイコパス

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スターリン(左奥)とベリヤ(右)ベリヤが膝に乗せているのはスターリンの娘・スヴェトラーナ。この写真はしばしばベリヤのスターリンに対する阿諛追従を象徴する写真として引用される。

 歴史上独裁者や、またその独裁者の「虎の威を借りて」思うままに権力を行使し、民衆を苦しめる独裁者の“取り巻き”と呼ばれた人々の例は、もちろん枚挙に暇がない。ナチスドイツ時代のヒムラーしかり、アイヒマンしかりである。しかしそうした中においてもこのベリヤという存在は、ひときわ異彩を放っている。というのも彼の場合、人間としての良心や思いやりが完全に欠如し、他人を利用し、他人を犠牲にして自分が上にのし上がるという、生来の(と考えてよいと思うが)サイコパスな人格に加えて、生粋の変態・異常性欲者・ロリコンであったと考えられるからである。

 ベリヤが“性的倒錯者”であったとされる逸話は彼の死後続々と出始めた。当初は単なるプロパガンダかと思われていたが、スターリン時代を生き抜いてきた政府関係者や、かつて彼の側近であった人物からもそれを裏付ける証言が多く出始めている。

 これに関して最も早く証言したのは、ベリヤが逮捕された当時、ソ連共産党中央委員会総書記であったニコライ・シャターリンである。彼はベリヤが逮捕されて2週間後、党中央委員会本会議において、ベリヤが多くの女性と性的関係を持ったことを告発し、25名に及ぶ女性の名前を記載したリストを提出した。またフルシチョフも自身の回顧録において、「100人に及ぶベリヤが凌辱した女性のリストを私は見せられた。ベリヤのやり方は巧妙だった。狙った女性を自分の家に招待し、『同志スターリンの健康を祝って乾杯しよう』と持ちかけ、睡眠薬を混入したワインを飲ませ、女性が眠っている間にレイプするのだ」と証言している。

 ベリヤの猟色は1930年代に、彼がモスクワの共産党中央委員会に赴任し、「スターリンの懐刀」として本格的に活動を始めてから顕著になった。この当時の彼は、持ち前の悪知恵と狡猾さにモノを言わせ、自分の気に入らない党の幹部に散々嫌がらせをしていた。彼は秘密警察であるエヌ・ケー・べー・デー(内務人民委員部)の議長という自分の権力を振りかざしては、党幹部の中で美貌の妻を持つ者に突然事実無根の罪を着せ逮捕・投獄した。そうしておいて彼らの妻に巧みに言いよってはレイプし、目的を遂げた後、逮捕した夫を刑務所から釈放するというようなことを繰り返していたという。女性たちが執拗に抵抗したり、ベリヤの欲望を満足させない場合には投獄や流刑など、あらゆる刑罰が待ち受けていたことは、言うまでもない。

 米国の外交官の恋人である女性に関係を迫りそれを断られたことに激高したベリヤは、その女性に対して「収容所の藻屑と散れ!」と言い放ち、彼女に「米国のスパイ」という濡れ衣を着せ、収容所送りにしたという。

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コメント

1:匿名2017年12月10日 15:54 | 返信

権力者 安倍晋三の側近の元TBSの山口敬之と変わらないね

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