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 ナチスの強制収容所で人体実験に手を染めた医師、ヨーゼフ・メンゲレ。彼の下で研究対象となった生存者が語る、恐怖の実体験!


■ある老人の最期

 1979年。南米ブラジル、サンパウロ州にある風光明媚な海岸で、67歳の老人が生涯を終えた。海水浴のさなかに襲った、突然の心臓発作。その様子は、誰もがかくありたいと切望する穏やかな最期であったという。

 さりながら、老人はその死に様には似つかわしくない、身の毛もよだつ過去を引きずっていた。

 彼の名はヨーゼフ・メンゲレ。「死の天使」の異名をとる、史上稀に見る殺人者である。

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右から3番目の男がヨーゼフ・メンゲレ。1970年代の南アメリカ某所 「Mysterious Universe」の記事より


■アウシュビッツを仕切った二人の医師

 第二次世界大戦が始まって間もない1940年、ポーランド南部に設立されたアウシュビッツ収容所は、今日では広く負の世界遺産として知られている。

 ナチス・ドイツが崩壊を遂げるまでの5年間、ヨーロッパ各地からこの地へ、数限りない人々が牛馬のごとく運ばれてきた。ジプシー、同性愛者、犯罪者、障害者、政治犯、捕虜……そしてユダヤ人。

 集められた人々の大半は、再び外の世界に触れることはなく、いずれは焼却炉へとたどり着き、次から次に灰となって消え去ってゆく。

 人が人として扱われない異常な環境。そこで辣腕を振るったのが、ナチスお抱えの医師であるカール・クラウベルグと、前述の老人、ヨーゼフ・メンゲレである。

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当時のヨーゼフ・メンゲレ 「Mysterious Universe」の記事より

 メンゲレは悪名高い親衛隊の将校であるが、やはり医師でもあり、医学博士号のほか、人類学の博士号も獲得していた。

 収容所を闊歩する二人の医師は、囚人の健康を顧みることはせず、それぞれの目的のため研究に明け暮れていた。とりわけメンゲレは選民思想への傾倒を深め、「完全無欠のアーリア人」を追い求めては、残酷な実験を繰り返した。

 当時被験者であったベラ・クリーガー氏は、メンゲレの実験室に踏み込んだときの強烈な記憶に今なお悩まされている。

「壁一面に人間の目玉が掲げられていました。青い瞳、ブラウンの瞳、緑色の瞳……。まるで蝶の標本のような眼球は私を見つめているみたいで、思わず視線を床へと落としました」(ベラ・クリーガー氏)

コメント

2:匿名2018年7月 7日 10:41 | 返信

メンゲレの背後で糸を引いていた黒幕的人物が居て
大量の血液採集もこの人物による命令
なのに罰せられることもなくそのままドイツ科学界の重鎮に収まった
晩年は交通事故で廃人になったが神による処刑かもしれない

1:匿名2018年7月 7日 00:42 | 返信

今でもブラジル北西部の奥地でメンゲレの後継者が何かやらかしてるのかも知れない

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