レオナルド・ダ・ヴィンチは内臓フェチで、グロが大好き? 天才の謎とモナ・リザの秘密に迫る!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント0

■レオナルド・ダ・ヴィンチの謎!

 1452年4月15日。レオナルドはイタリア・トスカーナ地方のヴィンチ村にて、地主で公証人だったセル・ピエロと土地の農婦カテリーナの間に、私生児として生まれた。そのことは、この天才に終世コンプレックスを残している。

 祖父のアントニオに育てられたレオナルドは、アントニオの死をきっかけにヴィンチ村から花の都フィレンツェにあった、父セル・ピエロの家に移り住む。しかし、義母やロクに会ったこともない腹違いの兄弟との同居生活は、あまり居心地のいいものではなかったようだ。

 その上、セル・ピエロはビジネスを成功させた人によくあるタイプだが、あちこちに愛人を囲っていた。自分の母親もそうだったレオナルドは、その内向的な性格も影響して、この父には心を開かなかった。

 一方、農婦だった母親のカテリーナについては、後年家政婦としてレオナルドと一緒に生活していた。彼は自分の母親をファーストネームで「カテリーナ」と呼んでいたそうだ。だが、マザコン大国のイタリアのお国柄…、本当は「マンマ」と呼びたかったかもしれない。
モナリザのモデルに、母・カテリーナ説があるというのも、そういうわけなのだろう。

・何をやっても長続きしない天才

 しかし、父セル・ピエロも人の子だ。複雑な生い立ちのレオナルドの立場に責任を感じていたのか、それなりの支援はしていたようだ。
万能の天才と称されたレオナルド・ダ・ヴィンチだが、それは逆に言えば“気が多い”ということでもある。レオナルドは移り気で、金遣いが荒かったらしく、何をやっても長続きしない息子の心配をしたセル・ピエロは、たまたま近所に住んでいた売れっ子画家ヴェロッキオのもとへ、息子を連れていったのだ。

「こいつは何をやっても覚えもカンも良いのだが、何をやってもまるで長続きせんのです。絵だけは好きなようですが、見てやってくれますか? ちょっとはモノになるといいんですが」

christ0303.jpgキリストの洗礼

 さて、こちらが有名なヴェロッキオ工房制作の「キリストの洗礼」で、左下の天使たちは14歳でヴェロッキオ工房に入門したレオナルドが描いたと言われている。少年レオナルドが描いた怪物を見た父セル・ピエロが、それを本物と間違えて叫び声を上げたエピソードは有名だ。また、レオナルドがすぐに師ヴェロッキオを超えたため、「キリストの洗礼」以後、師は絵筆を折ったというエピソードまであるほどだ。

 実際に、絵のパートはレオナルドに任せ、ヴェロッキオ自身は彫刻の仕事に専念していた。才能のある弟子に嫉妬する師匠は数多くいるが、経済的に成功していたヴェロッキオはその点おおらかだったようで、独立する20歳半ばまでずっと経済的にレオナルドの面倒を見ていた。そのヴェロッキオ工房の兄弟子に7歳年長のボッティチェルリがいたというのは、前回もお話した通りである。

10751994_719819964763072_1166545781_n.jpg画像/岩窟の聖母

 さて、移り気な天才は完成した作品がきわめて少なく、現存してるものは両手で数えられるくらいだろうか。その中で、こちら岩窟の聖母をご覧頂きたい。これはモナリザにも言えるのだが、実物を見ると異様な密度に驚かされる。なにしろ、葉っぱの一枚一枚、髪の毛一本一本の間がミクロ単位でトーンが変化していくのだ。さながら彼女たちや草木を構成している何十兆という細胞ひとつひとつを描こうとしているかのようだ。

 ちなみに、絵の中には必ずと言って良いほど、画家のメッセージが込められている。小説で「行間を読む」という行為があるように、絵を見る時でも、そこに描かれていないものを感じ取ることは大切なことだ。「岩窟の聖母」をよく眺めていただきたい。優美な聖母子像の中にダークサイドがあり、怪物がひそんでいるのを感じられるだろうか。

 そう、レオナルド・ダ・ヴィンチも心の中に怪物を飼っていて、それが時々ギョロリと目を剥くのである。


■内臓好きのレオナルド?

 一度でも死体解剖に立ち会った人間ならば、その異臭の凄まじさに驚くだろう。そして、人間の内臓は素人が見ただけでは、どれが肝臓でどれが横隔膜であるのか、区別は難しい。自らを「経験の弟子」と語り、生涯30体以上もの死体をサバいたレオナルドだからこそ、あのように精緻きわまりない人体解剖のデッサンを生み出せたのである。それはもちろん学究的な意味もあったのだろうが、一説にレオナルドには内臓フェチのようなものがあったとも言われている。

 レオナルドの家では異臭のする虫や蛇が飼われていたとか、弟子の前で部屋いっぱいに羊の腸を膨らませるパフォーマンスを見せたとか…ちょっとブキミな一面も持っていたようだ。

da Vinci03.jpg漫画:小暮満寿雄 グロがお好きな天才

 彼は24歳の時に、当時禁止されていたホモセクシャルの容疑で2度も告訴されている。証拠不十分ですぐに放免されているが、レオナルドは町でブ男をみかけると、しばしば後をつけまわしていたというから、きっと変わった趣味を持っていたのだろう。一方で美少年趣味もあって、サライ(アラビア語で悪魔)と呼んだパンク少年を徒弟にしていた。芸術に無理解で、ウソつきでこそ泥の大飯食らいだったサライの尻拭いをしていたというのも、この天才の一面なのだ。(洗礼者ヨハネのモデルはサライという説も)

 美と醜は髪一重なところがあって、1人の人間の中に神と悪魔、仏に鬼が同居するように、芸術もまた矛盾に満ちている。

 誰もがその美を疑わない「モナリザ」の謎の微笑だが、それは決して天真爛漫なものではない。そこには人間より神に近くなってしまったもののみが持つ、ある種の恐ろしさを見出すことができる。

 レオナルドが「モナリザ」を描いたプロセスで、はじめにガイコツを描き、その上に筋肉をつけ、最後に皮膚を完成させたという、まことしやかなエピソードはこの絵の持つダークサイドを誰かが想像した話であろうか。

 レオナルド・ダ・ヴィンチの脳細胞はきっと深い森のようだったのだろう。私たちはモナリザの微笑みを前にして、その世界に迷い込む。森の入り口でウロウロしている者もいれば、入ったまま出てこれなくなる者もいる。そこでレオナルドの心に棲んでいた怪物に出くわすかもしれないし、あるいは天使の姿を見かけるかもしれない。

 それは500年以上たった今でも、何が潜んでいるかわからない未知の森なのだ。

 だからこそ「モナリザ」は、未だ人の心を惹きつけてやまない…、私はそんな風に考えている。

■小暮満寿雄(こぐれ・ますお)
1986年多摩美術大学院修了。教員生活を経たのち、1988年よりインド、トルコ、ヨーロッパ方面を周遊。現在は著作や絵画の制作を中心に活動を行い、年に1回ほどのペースで個展を開催している。著書に『堪能ルーヴル―半日で観るヨーロッパ絵画のエッセンス』(まどか出版)、『みなしご王子 インドのアチャールくん』(情報センター出版局)がある。
・HP「小暮満寿雄ArtGallery
ブログ

※小暮満寿雄の記事のマトメ読みはコチラ

コメントする

画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。