「ストランドビースト」歩行する風の獣たち ― テオ・ヤンセンの空気圧生命体

■進化するヤンセンアニマルたち

 ヤンセンの生み出した生物たちは、まずコンピュータの内部にシミュレーションとして出現する。そして、ヤンセンは彼らのうちのだれが最速の人工生命体であるかを競わせるのだ。ヤンセンは勝ち組をさらに研究し、光やフレキシブル・チューブ、ナイロン糸と粘着テープを使って、それを三次元的に再構築していく。

 より効率的に動き回れることだけが、次世代のストランドビーストに手渡される「DNA」(それはかれらの可動部分を作りあげるチューブの長さと性質だ)なのである。こうしたハイブリッド化と、ダーウィン的な進化論のプロセスを通じて、生き物たちは環境により適応し、生存を保証することができるようになる。 例えば、創作生物のひとつである「アニマリス・サブローザ」(Animaris Sabulosa=砂のいきものを意味するラテン語)は、風が強すぎる場合は、体を固定するために自ら砂の中に鼻をうずめる。

 ヤンセンの生物はすでに浜辺を飛び出してもいる。創りあげられた「アニマリス・リノゼロス」( Rhinozerosは犀を意味するラテン語)は総重量2トンもある大掛かりなもので、ペットボトルに貯めた圧縮空気に基づく推進力の巧妙なシステムのお陰で、もはや風や砂がない場所でも走行が可能になったのだ。

 将来的に、このオランダ人アーティストの脳裏にあるのは、彼の作品がますます解剖学的に高度になり、筋肉と神経系と、複雑な意思決定を行うある種の脳のようなものを持つことだというから、驚きだ。

 そして、いつの日か、ヤンセンの生んだ浜辺の群れは、最速であること、より安定することを競い合いながら、次の世代に自動的にそのDNAを譲り渡すようになる。彼らはそのときはもう、完全に地球の生態系に組み込まれていることだろう。

■奇妙奇天烈摩訶不思議なヤンセン

 さて、ここで、ヤンセンの紆余曲折に富んだ奇妙な経歴について簡単にふれておこう。
 
 彼はオランダのデルフト工科大学で物理学を学び、一度は研究者の道を歩みだした。だが1975年、画家に転向してしまう。その後、航空工学やロボット工学などに興味を抱き、彼のこしらえた「UFO」─いわゆる空飛ぶ円盤は、デルフト市上空に現れて、人々を恐怖に底に陥れたこともある。

 80年代初頭、ヤンセンは、人工生命シミュレーションのアルゴリズム・プログラムの作成を始めた。ソフトウェアを介して、生活する、自律的なオーガニズムをデザインしようというこの関心は、試行錯誤の末、90年代に至って、ついに運動彫刻(キネティック・スカルプチャー)のシリーズ「ストランドビースト」のプロジェクトとして結実した。
 
 これにより、彼はようやく国際的な名声を得ることができた。他のさまざまな賞とともに、2005年には「アルス・エレクトロニカ」(※注1)の審査員特別賞を受けている。なお、日本では2009年に東京・日比谷パティオでアジア初の展示会が、2010年には東京・科学未来館で、2011年には大分市美術館で、さらに昨年は長崎県立美術館でそれぞれ展示会が開催された。ついでにふれると、学研の「大人の科学マガジンvol.30」のふろくはなんと、ヤンセンのミニビースト(2011年1月発売、価格3,333円)!! どことなく無常感を漂わせるその佇まいが、日本人の感性をやさしく刺激するのだろうか…。

注1:Ars Electronicaは、毎年6月に発表される、7部門からなる世界的な芸術・先端科学・文化の祭典。オーストリアの都市リンツで開催される。日本からは2008年に、ニコニコ動画が「デジタルコミュニティー部門」で栄誉賞を受けている。

 さて、最後に一言。筆者はヤンセンのビーストたちが大好きだ。ほれぼれしてしまったといっていい。でも、なにか、ひっかかるものを感じてもいる。

 その1つは、「人間の終焉」の予感だ。次世代の生物(?)の原型をこしらえたら、もうわたしたちにはすることがなんにも残っていないのではなかろうか? かつて神の行った〈創造〉を、今になって人間が反復するということは、もしかしたら、〈人間の賞味期限〉が近づいているってことになりはしまいか?? なあんて、考えすぎですよね…。

(文・構成=石川翠)

参照サイト:「ARTE+ PENSAMIENTO」

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