麻原彰晃の三女アーチャリー“何もわからない”から謝罪なし? 娘の中の真実とは?

■著者が受けた、サリン事件をめぐる悪影響

 そして、彼女も社会から隔絶された環境に身を置くことになる。幼稚園の途中で船橋から上九一色村のサティアンへと引っ越す。一時、地域の幼稚園へ通ったが、小学校へは一度も行っていない。勉強は幹部たちが家庭教師についていたようだが、10歳近くになっても、ひらがな・カタカナの読み書きもままならない状態であったという。

 学力の低さは、のちのちまで影響する。麻原の逮捕後、彼女は勉強を含め身の回りの世話をしてくれる信者の女性と、福島県のいわき市に移り住む。当時、中学2年であったものの、テストの結果、小学5年への編入が妥当と判断される。本書には彼女の当時の日記も引用されているが、実際、ひらがなだらけである。さらに地域では入学拒否を求める運動を起こされてしまった。

 勉強だけではない。彼女はこの時点で、同世代の人間との交流が一切ないのだ。しかも、教団において彼女は高い役職にある正大師であり、信者にとってみれば、悩みを相談し、崇め奉る対象とされている。とてもいびつな関係である。

 本書に対する批判として、地下鉄サリン事件をはじめ、多くの被害者たちへの謝罪がないというものがある。そこには彼女が、一連の犯罪が麻原の指示であったかについて判断を留保している点が関係しているのだろう。


■オウム真理教とは何だったのか!?

 2004年、9年ぶりに再会した父は、すでに意思疎通ができる状態ではなかった。父の口から事件の真実が聞けないかぎりは何も言えない、何も分からない――これは本音ではないだろうか。実際、本書の第八章である「事件と父―オウム真理教とは何だったか」においては、これまでの実体験ベースの話から一転し、当時の雑誌、新聞記事やオウム関連本からの引用が目立つ。凶悪犯罪を起こした教団の教祖の娘としての道義的責任はどうなるのか、という議論は別問題として、当時11歳の彼女が「何も知らなかった」というのは真実であるように思える。

 本書の巻末には30ページ以上にわたって教団が起こした事件と年表、95年以降の裁判記録が詳細に記されている。さらに、雑誌記事、関連書籍テレビ番組などメディアの紹介も行われている。麻原の視力と水俣病の関係に言及した藤原新也『黄泉の犬』(文藝春秋)や、研究者の観点から宗教史にオウムを位置づけた大田俊寛『オウム真理教の精神史―ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社)などが取り上げられている。

 麻原彰晃本人の口から真実を聞きだせない今、「オウムとは何だったのか?」という問いを前にして、堂々めぐりを続けるしかない。されど、総括の歩みは止められるべきではない。本書の刊行も、その一つとなるのだろう。
(文=王城つぐ/メディア文化史研究)

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