アレクサンドロス大王の父親、フィリッポス2世の遺骨発見!! 史実を覆す発見か!?=ギリシャ

■親子3人が一緒の墓に埋葬されたのはなぜか?

philip2macedon1.JPG画像は「Wikipedia」より

 当時の貴族階級の常として妻も複数ありややこしいのだが、アレクサンドロス大王はフィリッポス2世の4番目の妻であるオリュンピアスとの間の子どもである。クレオパトラ=エウリュディケはフィリッポス2世に仕えた将軍で貴族アッタロスの姪であり、当時まだ10代であったが、既に40代を迎えていたフィリッポス2世は激しい恋に落ち、彼の後継者を狙っていたオリュンピアス・アレクサンドロス大王親子の激しい怒りを買ったとされている。

 最終的にフィリッポス2世は護衛のパウサニアスに暗殺され(アレクサンダー大王親子が謀った等の諸説あり)、王位についたアレクサンドロス大王は当時20歳であった。フィリッポス2世の暗殺後にオリュンピアス・アレクサンドロス大王親子は王位継承の邪魔となるクレオパトラ=エウリュディケを自殺に追いやり、産まれたばかりであった子供を惨殺している。

 この親子3人が一緒の墓に埋葬されたのはなぜか? アレクサンドロス大王の情けなのか? 非情であった(とされる)オリュンピアスが最期には処刑されて墓はおろか遺骨の場所すらわからない状況に比べると、死後の扱いはクレオパトラ=エウリュディケの方がまともかもしれない。

 無論、真相を知るべくもない歴史上の話であるが、自由に思いをはせられる所が古代ロマンであり、醍醐味だろうか。
(文=Maria Rosa.S)

参考:「Daily Mail」、「IBTimes」ほか

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