恐怖の「鉄の肺」 ― 20世紀半ばに多くの子どもを救った人工呼吸器が拷問レベル

 かの「鉄の処女」といえば、中世ヨーロッパで刑罰や拷問に用いられたとされる拷問具として有名で、東京は御茶ノ水にある明治大学博物館にて実際に見ることができる。

 それと似た名前で、かつて20世紀半ば、多くの命を救った「鉄の肺(iron lung)」なる医療器具が存在したことをご存知であろうか。医療技術が現在のように発達していなかった時代、なんとも拷問機のような物々しい人工呼吸器が大活躍したのだ。


■病魔に無力な人間とまで恐れられた小児麻痺・ポリオ

恐怖の「鉄の肺」 ― 20世紀半ばに多くの子どもを救った人工呼吸器が拷問レベルの画像1画像は、「RareHistoricalPhotos」より

 1930年頃からヨーロッパでポリオ(小児麻痺)が流行し、多くの子ども達が尊い命を失った。

 1950年代に開発されたワクチンによって患者数は大きく減少することになるのだが、ほんの半世紀ほど前まで人類にとって脅威の病であった。ポリオは、ポリオウイルスによって引き起こされる感染症で、軽い場合は風邪のような症状だけでおさまるのだが、重症になると手足のまひが起こり、運動障害が一生の後遺症として残ることもある

 またその一部の人が、数十年後に突然、疲労、痛み、筋力低下などに悩まされることがあり、これはポストポリオ症候群(PPS)と呼ばれてる。呼吸器間を司る横隔膜などに麻痺が起こると呼吸困難に陥るため、人工呼吸器の使用が不可欠であった。

 日本においても昭和24~36年頃にかけて大流行し、年間のポリオ患者数は1000~5000人、うち死亡者は100~1000人に達したと記録に残っている。特に1960年に北海道から始まった大流行では、新聞に大きく「病魔に無力な人間」「即効性のある対策無し」「ワクチンを待つ母」などの見出しが踊り、ワクチンを求めてパニックが起きたほどである。その後昭和36年に普及しはじめたポリオ生ワクチンにより、患者・死亡者数は激減、昭和55年の1例を最後に日本では確認されていないが、ワクチンが十分に接種できない発展途上国ではいまだ多くの患者がこの病魔に苦しんでいる。

■初代ポリオの救世主「鉄の肺」

 錬金術を使った医術で有名な、悪魔の使いとも言われたスイスの医師パラケルススが1530年に、死にかけた人の肺に「ふいご」で空気を送り込んだのが歴史上初めての機械式な人工呼吸器であるといわれている。

 現在のような「酸素を直接肺に送り込むタイプ」の人工呼吸器が実用化されたのは1950年代になってからで、それまでは「鉄の肺」と呼ばれる大掛かりな人工呼吸器が使われていた。全身を密閉した鉄の箱に入れ、首から上だけ出し、箱の中の圧力を下げることによって自然と肺が広がり肺に酸素が入るという非常に原始的な仕組みである。

 しかもかなり大掛かりな装置で注射や点滴などの治療がしにくいどころか、おむつを替えるのにも一苦労と多くの難点があった。外見だけでいえば、なんとも「鉄の処女」に似た不気味さを感じるが……。

 この「鉄の肺」は、理論的には古くからあったものの、1928年ボストンのフィリップ・ドリンカー医師らにより実用化され、新たな人工呼吸器が生まれる1950年代まで、ポリオ、ギラン・バレー症候群などの長期にわたる人工呼吸が必要とされる患者に使用された。1936年、有名なシカゴの銀行家の家族が北京でポリオにかかり、 鉄の肺で救命されたことをきっかけに、ポリオの流行に備えて鉄の肺が大量生産されることとなり、全米で1000台以上生産された。

恐怖の「鉄の肺」 ― 20世紀半ばに多くの子どもを救った人工呼吸器が拷問レベルの画像2画像は、「RareHistoricalPhotos」より

 写真はカルフォルニアのランチョ・ロス・アミーゴス病院にて1952年に撮影されたものだ。ずらーと並んだ棺桶のような「鉄の肺」は一種異様な光景である。ポリオの大流行によって医師の数も不足し、看護婦も手を休める暇もなかったという。少しでも手があけば、首から下は装置に入れられて何もできない子どものために絵本を読んであげたりしていた。どうやら、顔の上に取り付けられた鏡越しに会話をしたようだ。かつてポリオにかかり「鉄の肺」に入っていたブラジル人のパウロ・エンリケ・マチャドはその時のことをこう回想している。

「まるで刑務所に入れられたようだった。本当は入りたくなかったのだけど、子どもの自分には選択肢はなかった。今思えば院内感染もあったのだと思う。次々と友達が亡くなっていった。あの装置に入っての唯一の楽しみは、車椅子にのって他の子どもたちの部屋に行ったり、病棟の廊下を探検した時のことを思い出すことだけでした」

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