凡人が真似できる天才 ルネサンスの巨匠ラファエロ・サンツィオ

 日本においてもラファエロの名声と人気は、ようやく近年になって見直されてきたようだが、20年ほど前までは、美術全集の中に入れられてなかったことがしばしばあった。

 一方でヨーロッパにおいては、長いことラファエロは最も完成された美の基準とされてきた。19世紀の新古典主義「ラファエル前派」などは、あまりにヨーロッパの美術界がラファエロを規範にしてきたので、その反発から生まれた美術運動といわれている。
つまりラファエロの影響というのは、ヨーロッパではそこまで大きいということだ。

 この評価の違いはいったい何なのだろうか。

 ラファエロを評価する上で思い出すのは、ピカソの有名な言葉「私は14歳の時にはラファエロと同じように描けた」である。これがレオナルドならば、さすがのピカソも「14歳の時にレオナルド・ダ・ヴィンチと同じように・・・」とは言わなかったろう。

 ピカソがどういう評価でラファエロを引き出して、このセリフを言ったのかわからないが、個人的な意見としては「真似をしたい天才」と「真似をしてはいけない天才」の違いを象徴するものではないかと思う。

■真似をしたい天才、ラファエロ

 音楽の例になるが、往年の大ピアニスト、ウラジミール・ホロヴィッツは指を平らに真っ直ぐ伸ばし、手首を鍵盤より下におろして演奏した。通常のピアノレッスンでは、手に卵を持ったようなイメージの形で弾くのが基本とされているが、ホロヴィッツの奏法はそこから完璧に外れている。

 ホロヴィッツの奏法は、一般的にはまさに”やってはいけない”弾き方だそうだが、撥で鍵盤を引っ掻いたような彼の音色は、ひとつにはこの弾き方によって生み出されたといえる(ほかにもピアノの種類や調律も独特の好みがあったそうだが)。

 あの「展覧会の絵」の圧倒的な演奏などは、このピアニスト以外にできる人はいなかったし、また当然ながら後継者も現れなかった。

 何が言いたいのかといえば、これは典型的な「真似してはいけない」タイプの芸術家といえるだろう。いや、野球でいう長島茂雄といった方がわかりやすいか(笑)。

 「真似したい天才」には基本的なセオリーが網羅されて、バランスのとれた人が多く、「真似をしてはいけない天才」には尖った才能の人が多いという傾向があるようだ。もちろん、どっちが上ということはないのだが。

 ラファエロの先輩、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロは言うまでもなく、「真似をしてはいけない」タイプに入るワン&オンリーの芸術家だ。

 ミケランジェロがシスティナ礼拝堂の壁画をほとんど独力で描いたというのは、ヴァチカン側がつけた助手が未熟という説もあるが、それ以上に彼以外にできる人間がいなかったと見るべきだろう。仮にいたとしても、それでワガママなミケランジェロを満足させられたとも思えないし……。

 それに対してラファエロは、同じヴァチカン宮殿の壁画や装飾を、ジュリオ・ロマーノやジョヴァンニ・ド・ベンニといった弟子たちを使って完成させた。これはもちろん彼が「真似したい天才」のカテゴリーに入るからだ。

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